多くのベンチャー企業は、上場(株式公開)を目標にしています。その株式上場を成功させるためには、どれくらいの準備期間が必要で、どのようなことをその準備期間内にやらなければならないのでしょうか?想像以上に複雑で、時間と手間が掛かる株式上場までの流れを分かりやすく公認会計士が解説していきます。
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日本では、リーマンショックの頃に株式上場の件数が19社まで落ち込みましたが、徐々に回復傾向となっており、 2021年には125社に上りました。2023年は12月4日時点で96社が上場しています。
日経新聞などの記事を見ると、多くのベンチャー企業がVCからの資金調達には成功していることが窺えますが、実際に株式上場に成功できる企業は、未だにその一握りということになります。
出典:帝国データバンク/2022年のIPO動向
上場までに必要とされる準備期間は、最短でも3年程度が必要です。上場審査や会計監査があるので、思い立ったらすぐできるわけではないのです。
順調に業績を伸ばしている多くのベンチャー企業が、最初の目標とするのが株式上場ですが、実際に「株式上場を目指そう!」と決めるのは、概ね株式上場の2~3年前となります。これは、新興企業を対象としているマザーズ市場であっても、上場審査時には最低でも1期分の決算に対して監査法人からの監査意見を必要とするからです。1期分の決算に対して監査証明を出すためには、監査法人は、その前の期から任意監査に入っている必要があります。
その他、株式上場を決めた場合には、既存株主から基本的な同意を得て資本政策を検討すると共に、主幹事証券会社を決定する必要があります。そして会社の中では上場に関するプロジェクトチームの設置やスケジュールの策定もしなくてはなりません。
監査法人と主幹事証券会社が決まると、本格的な株式上場の準備が始まります。「三者会議」と呼ばれる上場準備企業、監査法人、主幹事証券会社による定期的なミーティングも始まります。上場まで2~1年前には、上場準備企業の組織を上場企業に相応しい体制に変えていく具体的な手続きや実務作業を進めていきます。
主な内容としては、資本政策に基づく株主の整備、監査法人のサポートも貰いながら経理体制の整備、J-SOX法に則った内部統制の整備及びリス管理、上場申請書類作成のための情報整理などがあります。
株式上場が出来るかどうかは、監査法人が適正意見を出すかどうかに掛かっています。監査法人が適正意見を出せると判断出来た場合に、最終的な上場準備に入ります。
具体的には、上場市場を決定し、今まで調整してきた資本政策と会社の事業計画から、株式の売出しと募集をどれくらいにするのかを、主幹事証券会社と相談をしながら基本方針を固めます。業績が好調で、内部体制の整備が進んでいれば、主幹事証券会社の事前審査を経て、上場市場を管轄する証券取引所による事前審査も受けることが出来ます。
そして、上場時に必要なIR資料の準備や会社のHPの整備、最終的な人員体制に向けて、人が足りない場合には採用活動を早急に行うこともあります。
上場する期に入ると、証券取引所の最終的な審査を受けることになります。この審査が完了すると、上場する具体的なスケジュールを決定することが出来ます。
そして、有価証券届出書や目論見書などの必要書類を提出して、上場日を迎えることになります。
株式上場は、監査法人の適正意見が必要ですが、実際に上場をしても良いかどうか決めるのは証券取引所による上場審査です。この上場審査は、かなり多岐に渡る内容を審査するために、主幹事証券会社が上場準備企業をサポートすることになります。では、具体的な上場審査項目のポイントを見ていきたいと思います。
株式を上場するということは、不特定多数の株主(流動株)が増えることになります。企業のステージによって、どの程度の流動株を確保することが適正なのかを慎重に判断する必要があります。そのため、創業者とその一族などが、上場後に株式の何%を維持することが必要なのか?などを決める必要があります。
また、上場前に出資をしたVCは、上場後に株式を市場で売却をして利益を確定する必要があります。それらのVCに対して、ある程度秩序ある売却をお願いすることも資本政策の重要なポイントです。
上場審査は、会社が作成をする事業計画をベースにして、事業の内容や将来可能性などを審査します。この事業計画は、一の部と呼ばれる資料の基本となるものであり、業績の進捗に応じて適時ロールアップをしていく必要があります。そして、上場時には、この事業計画を基に、IRをしていくことになります。
上場企業には、一定のルールの基づいた内部統制の整備と、コンプライアンス対応が求められます。 この2つの要素は、企業の管理体制の両輪のようなもので、どちらかが欠けても上場企業としては相応しくないということになり、上場審査時に改善を求められます。
また、内部統制とコンプライアンス対応がきちんとできていることが、監査法人が適正意見を出すための重要な要素にもなります。 特に、取締役と監査役にはコンプライアンス対応に対する専門知識が要求されます。
上場審査においては、経理部は最初から最後までかなりの準備に関与することになります。監査法人が監査をする対象資料は、最終的に社内から経理部に集められて、経理部が監査法人の対応を行うからです。
最初は、経理システムから出される試算表や科目明細などが主たる資料であり、まずは公開企業に相応しい経理体制が要求されます。それをクリアすると、次は、社内全体の部署で作成される資料と経理部が作成する決算関連資料の間に齟齬がないかを念入りに監査されます。これらの整備をして、公開企業としてタイムリーな四半期決算を行える体制にすることを経理部は要求されることになります。
上述のポイントに加えて「形式要件」と呼ばれる上場審査の基準もあります。どの市場に申請するかによってその基準は変わってきます。東京証券取引所の場合の主な項目につきまして以下の表に記載しました。
プライム市場 | スタンダード市場 | グロース市場 | |
---|---|---|---|
株主数 | 800人以上 | 400人以上 | 150人以上 |
流通株式数 | 2万単位以上 | 2千単位以上 | 1千単位以上 |
時価総額 | 250億円以上 | - | - |
流通株式比率 | 35%以上 | 25%以上 | 25%以上 |
3つの市場を見比べてみると、グロース市場が最も要件が低いことが分かると思います。グロース市場は
「高い成長可能性を実現するための事業計画及びその進捗の適時・適切な開示が行われ一定の市場評価が得られる一方、事業実績の観点から相対的にリスクが高い企業向け」の市場とコンセプトが設定されています。コンセプトの通り存続性においてリスクがある企業でも参入できるよう、要件が低く設定されています。最短での上場を目指す企業はグロース市場をその対象とすることが多いです。
上場準備および上場申請中には様々な費用が発生します。例えば上場審査料はプライム市場で400万円、グロース市場で200万円、また新規上場料はプライム市場で1,500万円、グロース市場で100万円かかります。こういった費用面でもプライム市場とグロース市場で大きな差がありますが、他にも監査法人や幹事証券会社などに払う費用、そして内部統制などの管理体制の見直しや上場準備に必要な人材にかかる人件費などが挙げられます。
具体的な金額については企業の規模感や指針に依るので一概には言えませんが、かなりの費用が必要になることはお分かりいただけると存じます。
上場審査の流れとアウトラインを一通り説明しました。しかしながら、実際には、企業により上場審査の重要なポイントは違っています。
ですから、上場審査は、他社の事例を真似すればよいものは、ほとんどないと言えます。けれども、上場審査を通じて企業の足腰が強くなり、上場後は公開企業としての信頼を勝ち得るというメリットがあります。一旦上場しようと決めたからには、社内一眼となって協力して上場準備を進めることが成功のポイントとなります。