日本企業は、バブル崩壊の後の長い期間、採用自体を控える時期が長かったのですが、そのため、人材の層が薄くなってしまっているという問題があります。
また「働く」ということについての価値観が多様化している現代では、企業の名前や給与だけでは有能な人材はとどまってくれません。
自社にとって必要な人材をいかにとどまらせるか。この課題に対して近年注目されている考え方が「リテンション」です。今回は「リテンション」の意味とその施策などについてわかりやすく解説します。
英語の「retention」には、「保持」 「記憶」 「記憶力」という意味があります。そこから転じて、日本で「リテンション」がビジネスの場で使われる時には、主に以下の2つの意味で使用します。
(1)マーケティング用語の「リテンション」
(2)人事用語の「リテンション」
(1)マーケティングで「リテンション」と言うときには、企業が既存の顧客に自社の製品やサービスを継続してもらうためにおこなう施策や手段を指します。
(2)人事で「リテンション」と言うときは、企業にとって必要な人材を確保し、退職による流出を防ぐための人事・経営戦略の施策のことです。
本記事では人事における「リテンション」ついて解説します。
終身雇用制度が崩れつつある昨今、会社にとって不可欠な人材ほど転職してしまうという人材の流動化には、どの企業も頭を悩ませています。
そこで、自社にとって必要な人材や、優秀な社員の退職を防ぐために「他社よりも魅力ある企業」となるべくおこなう様々な試みが「リテンション」です。
具体的には、給与などの「金銭的報酬」と、働きやすい環境作りなどの「非金銭的報酬」に分けることができます。順に見ていきましょう。
報酬や福利厚生など、主に金銭的にメリットのあるリテンションで、以下のようなものがあります。
・給与
・賞与
・インセンティブ
・ストックオプション
・福利厚生
例えば、能力がある人をちゃんと給与面でも報い、成績に応じたインセンティブを支給したりすることによって、従業員のモチベーションを維持する方法です。
また、人間ドックや社員食堂、有給休暇など充実した福利厚生は、従業員が企業で働く満足度を高めます。
しかし、筆者の前職では上記の報酬に加え、誕生日プレゼントや休暇、毎年の創業記念日にはカタログギフトや社員旅行無料など、様々な特典がありましたが、離職率は決して低くはありませんでした。
それは、労働に対する価値観が変わってきているからです。成果主義や手厚い報酬も大事ですが、それだけではリテンションは片手落ちなのです。
最近の企業に求められているのは、金銭的報酬よりも、ワークライフバランスが実現できる、非金銭的報酬のリテンションと言われています。
それは、具体的には以下のようなものです。
・働きやすい企業風土(心理的安全性が確保されている)
・キャリア形成のサポートがしっかりしている
・スキルアップの体制が整っている
(研修はもとより大学院や専門学校、通信教育など多彩な自己啓発を推進)
・自身のキャリアプランをかなえるキャリアパスを実現してくれる
(異動希望が叶いやすい)
・在宅勤務やフレックス制など多様な働き方
・各種休業制度の充実
(男性も育休が取りやすいなど)
特に、働く側から重要視されてきているのが「心理的安全性」です。
例えば、自分がミスをしたときでも、反対意見を述べたときでも、安心してそのチームでいられるかどうか、自分はそのチームの一員だと受け入れられるかどうかという度合いを示しています。
これは、Googleのリサーチチームが収益性の高いチームを調査してわかったことでもあり、チームに対してネガティブなことを言ったりしたりしても受け入れられる安心感があってこそ、人はそのパフォーマンスを最大にするというものです。「みんな同じ意見」を求めることが多い日本企業には、難しい概念かもしれません。
これまでは、同質性の高さが強みであった日本企業ですが、これからは様々な人材を活用し、評価していくという視点をもった人事を作り上げていく必要があります。
-採用にかかるコストを削減できる
離職者が増えると、新たなる人材を確保しなければなりません。
「リテンション」により、優秀人材の流出を防いでおくことで、
人材補充のためにかかるコストを削減できます。
-従業員の満足度・組織としての力の向上
金銭的報酬・非金銭的報酬を提供することで、従業員のモチベーションを維持し、結果として生産性アップ、組織力の向上にも繋がります。
また、人材の流出を防ぐことで社員のノウハウやスキルを蓄積し、安定的な組織を築きます。
-長期的な事業計画を立てられる
事業を担う人材が流出すれば、立てていた事業計画も変わってきてしまいます。
「リテンション」で人材流出を防ぐことで、事業計画を見直す必要性もなくなり、長きにわたって安定的な事業を行うことができます。
今までは、報酬面でのリテンションがあれば、働きやすさを犠牲にしても、組織にとどまる人もいたかもしれません。
しかし現在は70歳まで働くことを求められる時代です。自分の意見を殺して、感情労働ばかりを続けるのは、ストレスによる心身への影響も心配です。いったん壊した心身は、場合によってはもう戻らないこともあります。
これから生き残る企業は、「リテンション」を絵に描いた餅にしていないところです。これまで排除してきた人材を活用できる企業こそ、これから何が起こるかわからない中で思いもよらないアイディアを出していけます。
「多様性を大事にしています」とはどの企業も言いますが、実際にそれを実践している会社はまだ多くありません。企業にとって必要な人材を引き留めるための「リテンション」ですが、実は「必要な人材」を見誤っているかもしれないのです。
報酬面の整備はもちろん必要ですが、同時に「これからの会社のために必要な人材」を受け入れる文化を創っていく必要があるでしょう。