転職サイトで求人検索をしたことある公認会計士の方であればIPO準備企業の求人を目にしたことがあると思います。なぜIPOの準備に公認会計士が必要とされるのでしょうか?今回は、IPOについての詳細と、IPO準備企業での公認会計士の役割ついても解説していきます。
IPOとは、Initial Public Offeringの頭文字をとったもので、日本語に訳すと「新規株式公開」です。これまで上場していなかった会社が新しく株式市場に上場した際に、一般の投資家にも株を購入してもらうことを指します。
上場前は経営陣などの限られた株主によって株は保有されています。ですが、未上場企業だった会社が証券取引所に上場する際には、この経営陣などが所有していた株が売り出されたり、新しく株券が発行されて公募が行われたりすることになるのです。これらは証券会社を通じ取引が行われて、投資家に分配されます。そしてこれらの一連の流れをIPOというのです。
株券が新たに発行されて公募されることを「公募増資」、保有をしていた株式を売ることを「売り出し」と呼びます。これら公募増資や売り出しによって、上場企業は多くの資金を得ることができます。資金があれば新規事業を立ち上げることもできるようになり、知名度も上がり、信頼度も増すというメリットがあります。
ただ、上場をすれば株主に対して定期的に決算発表を開示することなどが義務づけられ、これらの責任を背負うことになる部分はデメリットといえるでしょう。ちなみに、このように情報の開示が義務づけられるのは投資家の保護を目的としており、ディスクロージャー(企業情報の開示)と呼ばれます。
IPOは、希望している企業であれば簡単にクリアすることができるものではありません。まず、株式上場をするための審査を受けなければならないのです。なかでも最もメジャーであるとされている東証1部や東証2部はとてもレベルの高い審査基準が設けられています。
スタートアップ企業が上場する際に最初に受けるものとして、マザーズやJASDAQもありますが、これらも決して審査基準が低いとはいえません。ちなみにマザーズの基準とは「株主が200人以上いること」「時価総額が10億円以上であること」「新規上場申請日から数えて1年以内より取締役会を設けており、事業活動を継続的に行っていること」などがあります。さらにこの他にも、「事業を正しく経営できているか」「必要に応じて企業の情報を開示できるか」などもチェック項目となります。
そして、なかでも「事業が正しく行われているか」・「企業の情報を開示できるか」において、公認会計士が必要となります。「上記監査報告書」が求められたり、「四半期レビュー報告書に関する財務諸表が記載された有価証券報告書」そして、これらに虚偽の記載がないことを証明することが求められたりするためです。これは公認会計士の専門分野ですから、公認会計士の存在がなくては、株式上場の審査基準を満たすことができるとはいえないのです。
また、株式上場やIPOを目指すためには、公認会計士が「CFO(最高財務責任者)」となることが一般的だといえます。CFOとは、企業の財務に関わる問題をすべて引き受け、どのようにすれば株式上場できるか、IPOのためには何をするべきかといった視点で物事を考えていく立場を指します。そして、上場後に決算を発表したり、財務面を管理するなど、公認会計士が必要とされる場面は多くあります。つまり、公認会計士のキャリアパスとしては、監査法人や会計士事務所だけではないといえるのです。
実際の職務は、IPO準備会社の規模やステージにより様々ではあるのですが、「制度会計」「管理会計」「資金」「税務」といった経理財務まわりの業務を同時に複数実施することが多いです。一方では経営者と資本政策について検討するなど、幅広い業務や直接経営に関わる傾向があります。
また、上場できる水準の管理体制の構築や決算精度向上・早期化については、監査法人との積極的な協議及び調整が求められます。ここは監査法人の内情を知っている公認会計士ならではのバックグラウンドが生かせるところです。
他にはまたIPOに向けた業務として財務諸表の作成・証券会社の審査対応などもあります。場合によっては、ピンチヒッター的に人事労務・総務など広く管理部門の業務全般を担うこともあるでしょう。
監査法人に勤めていれば、安定した高収入を手にすることが期待できますが、ベンチャー企業という職場にはまた違った魅力があると感じることもあるでしょう。
まず、IPOを目指すような成長度が高いベンチャー企業に参加することで、単に数字のチェックに留まらず、IPO達成に向けて経営者と意見交換をしたりする中で、自社の成長に直接貢献できるというやりがいや充実感を味わうことができます。
ベンチャー企業にとっては一度に多くの人材を雇用するのが難しいため、公認会計士が社内に一人いることで、IPO準備をするにあたって欠かせない人材となり、社内で必要不可欠な存在となります。大手監査法人にいる時よりも人に頼りにされていることを実感できるでしょう。
よく言われる条件としては、「会計・監査の基本的な知識」「思考の柔軟さ・行動のスピーディーさ」「監査以外の引き出しの多さ」「若さ」等々でしょうか。ただし、上場企業に比べていわゆるポテンシャル採用することも多いです。なお、筆者の主観ではありますが、上場会社に比較して「英語」の能力は相対的に優先度が低い印象です。(もちろん、会社の成長のため将来的に必要になっていくことは言うまでもありませんが・・・)
もう一つ、曖昧ながらも重要な点があります。「会社の風土と合うか」です。上場している大企業以上に、経営者と共に協力し合い事業の成長に身を投じることが求められるため、よりパーソナリティーを重視する傾向が強いように思います。
このように、公認会計士がIPO準備会社に「ジョイン」する場合、監査法人や上場企業とは異なる資質が求められ、携わる業務も異なることが想定されるわけです。
では次に、実際に公認会計士が転職先としてIPO準備会社を選択する上で、知っておいた方がいいポイントを4点ご説明します。特に監査法人や上場企業で働いている公認会計士にとっては、上場準備という業界は「隣の芝生は青く見える」状況になりがちです。冷静に判断できるようこれらのポイントをしっかり押さえましょう。
IPO準備会社へのキャリアパスを考える上での留意点は、ひとえにこれに尽きると思っています。上場準備会社は変化のスピードが速く、加えて上場していないので外から見える情報も限られています。その中で、事業や経営者の思考、将来像について共感でき身を投じることのできる会社かどうかを見極める必要があります。華やかなユニコーンの裏には成長できなかったベンチャー企業が無数に存在します。「目利き」ができる公認会計士になってください。
IPO準備会社は成長している将来有望な企業というイメージがあるかもしれませんが、短期的な目線の「年収」という意味ではあまり大差ないです。ベンチャー企業を例にとれば、IPO準備会社のマネージャーの年収≒上場会社の平社員、くらいのイメージで考えてもらった方がいいでしょう。すなわち若手公認会計士が監査法人から転職する分には、年収は下がることの方が多いようです。
ただし、長期的な目線では、IPO準備会社で経営者層を担う場合、ストック・オプションが付与される場合もあります。創業者や投資家の意向が大きく影響するところであり、いわゆる「シード」の段階からいかに参画していたかに左右されるところではあります。
IPO準備会社には「シード」「アーリー」「ミドル」「レイター」という4つのステージが一般には存在します。公認会計士が経理人材として飛び込んで求められる役割も、そのステージに応じて変わっていきます。「シード」や「アーリー」のうちはベンチャーの色が強く、資金調達や事業計画の作成が重要な業務になります。一方上場が現実味を帯びてきた「レイター」のステージでは上場申請書類作成や各種監査対応など、監査法人での経験がより生きる(裏を返せばあまり変わらない)領域の業務が中心になります。
会社設立時期や売上規模、従業員数等をよく確認して、上場準備会社がどのステージか把握しておくことが必要です。
監査法人で10年勤めた公認会計士と、監査法人で6年・IPO準備会社で4年勤めた公認会計士とでは、後者の方が選択肢の数は多いです。また、IPO会社で勤務する場合と比較しても、マネジメントの経験が少なからずあるIPO準備会社での経験は強みになると言えます。
特に上場を経験できればキャリア上も箔がつきます。会計基準の専門的な知識が減ってしまう可能性は否定できませんが、将来のキャリアパスの拡大という意味では大きなメリットがあるでしょう。
近年IPOをしたくてもできない企業が増えています。「IPO難民」とも呼ばれていますが、どうしてこのような状況が起きているのでしょうか。答えは、公認会計士が人手不足な状態が続いているからです。
あずさ監査法人では、1年間もの長い間、新規受注の受付をストップしていました。その他の監査法人トーマツや新日本監査法人、PwCあらた監査法人も、新規受注を大きく減らしています。テクノロジーが進化しており、これまでとはまた違った領域の企業が上場を目指しており、こういった新興企業の安定性や成長性を判断する作業がとても困難なものとなっていることが原因です。つまり、今の公認会計士の人数では、これまでの監査業務と、この新興企業が上場するために審査をクリアさせる業務の両方をこなすことができなくなっている状態だといえます。ちなみに2018年においてのIPO数は、例年並みとされる100社ほどでしたが、これからはIPO難民と呼ばれる企業がますます増え、IPO数も伸び悩むことが予想されています。
とはいえ、公認会計士を目指す立場の人間にとっては、これは非常に有利な状況です。大手監査法人が新規受注をストップすれば、その分の依頼は、準大手監査法人や中小監査法人へと回ってくるでしょう。さらにIPOをしたいという企業は増加していることから、今後、公認会計士のニーズがどんどん高まっていくものと考えられるためです。
IPO準備企業での公認会計士の業務は企業の上場に向けた財務諸表の作成・監査法人への対応、証券会社の審査対応など多岐に渡ります。また直接経営者と資本政策について議論したりして経営に携われることもやりがいの一つです。上場後も公認会計士は求め続けられます。
現在、IPO難民と呼ばれる企業も増えているなど公認会計士への需要は増しています。転職をご検討の方は、この機会にIPO準備会社への転職も選択肢の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。