Withコロナの時代では旧来までのメンバーシップ型雇用一択では「時代に則した人事評価制度が備わっている」と胸を張って断言できなくなりました。これは、必ずしも全員が同じ空間で仕事をすることが当たり前ではなくなってきたことが挙げられます。
すなわち、ニューノーマル(新常態)を踏まえた人事評価制度の導入は不可避ということです。今回は時代に則した人事評価制度にフォーカスをして解説していきます。
働き方改革の重要施策の一つに「労働生産性の向上」が挙げられます。これは可能な限り短い労働時間でより良い成果を出すということです。日本の労働時間は先進国の中でも長く、かつ労働生産性はOECD加盟36か国中21位となっています。いわゆる現役世代とされる働き手が減っていく少子高齢化社会に突入している日本にとって、生産性度外視の働き方は適切ではありません。
これは近年の労働法改正を見ても明らかであり、2019年4月、大企業を皮切りに始まった時間外労働の上限規制や年次有給休暇の5日取得義務など労働者が在社する時間は短くならざるを得ない改正が続いています。更に時間を遡ると放置されてしまった長時間労働を発端として、若手社員の痛ましい事件が紙面を賑わせ、長時間労働=ブラック企業との認識が生まれているのも事実です。
以上のように、長い時間をかけて成果を生み出すという思考ではなく、短い時間でより良い質も求めていくことが時代の流れにも合致していると言うことです。
人事評価制度を構築する上で、まず確認しなければならない点として適法な労務管理ができているかということです。そもそも違法な労務管理が黙認されている状態では、砂漠の上に家を建てるようなもので風が吹けば飛んでしまう制度でしょう。
そこで、人事評価制度を構築する前には社内で(または専門家を活用するなどして)労務監査を行うことが適切です。
## 人事評価制度の歴史的背景と今後の道筋
わが国では、「人に対して仕事」という構図が主流でした。これは三種の神器と崇められた「終身雇用・年功序列賃金・企業内(別)労組」が戦後から日本の高度経済成長期を支えたメンバーシップ型雇用であり、誰もが認めざるを得ない成果を出していたからです。
しかし、大企業であろうと新たなウイルスが蔓延した場合をはじめ、未知なるリスクに直面した場合、現在の待遇を「終身で」保証し続けることは困難と言わざるを得ません。
そこで今後は、日本独自のメンバーシップ型雇用を軸としながらも組織力のみに依存せず、能動的に「個の力」を引き出す制度を導入していくことが望ましいと考えます。そして、単なる依存関係は有事の際にも組織力を持って難局を突破する切り札になるとは断言できません。
参考までに欧州では、「仕事に対して人」というジョブ型雇用が一般的です。
人事評価制度に限らず物事にはメリットデメリットが存在します。よって、適切に理解した上で導入していくべきです。人事評価制度の運用は当該労働者のみに留まらず、その家族にも影響を与えうる重要な制度であり、念入りなチェックが必要です。
日本企業の多くがメンバーシップ型を採用しており、メリットは配置異動があっても賃金に変動がない点です。当該労働者の「職務遂行能力」を評価し、多くは年に一度の定期昇給などで一定年齢まで賃金が昇給していきます。
デメリットは中途採用者には不利に働くことがある点です。自他ともに同じ職務遂行能力を備えている場合であっても賃金に差が生じてしまうことがあります。そして、新卒一括採用であれば、画一的に賃金も管理することができるでしょう。
しかし、雇用の流動化が促進されてきたなか「入社年や年齢で賃金が決められる」という面が離職理由に繋がる原因になります。また、能力が備わってなくとも勤続年数や年齢が上昇するに伴い賃金は上がっていき、経営者にとっては納得し難い面もあります。
有能な若手目線では、賃金と実力がイコールとなっていないベテラン層を横目に離職に繋がる制度とも指摘されています。
そして、人事異動を繰り返しながら多くの部署を経験させていくこととなるたえに、ゼネラリスト型人事ゆえにスペシャリストの育成が困難ということです。
採用する段階から「この仕事に最も相応しい労働者は誰か」という考え方の人事制度です。メリットは、実力次第で仕事の難易度と賃金の上昇が相関関係になるということです。よって、勤続年数や年齢の上昇を待たずとも、自己責任で得意分野のスキルを磨き、より高い賃金を受けるための行動が結果に繋がりやすいと言えます。
デメリットは、実力がなければその実力に見合った仕事にならざるを得ず、低賃金となってしまう点です。そして、年功序列制度や定期昇給、終身雇用のようなメンバーシップ型にあった「保険」のような仕組みがありません。
すなわち、自助努力が成果に結びつきやすい反面、極めて自己責任の性質が強い人事制度と言えます。また、組織として業務を行うメンバーシップ型と異なり、線引きが明確でない仕事が舞い込んだ場合、ジョブ型は「自分の仕事ではない」と判断する労働者が出てきてしまい、結果的に発言力が弱い労働者にしわ寄せがいってしまい、結果的に当該労働者の離職に繋がる場合も想定されます。
しかし、企業としては、メンバーシップ型制度と異なり、ジョブ型制度はスペシャリストの人材を育てやすい制度です。
働き方改革では、「労働生産性の向上」、「多様な働き方の推進」、「柔軟な労働市場」などが掲げられています。今後は、新卒一括採用だけでなく、中途採用も拡大されてくることでしょう。そして、少子高齢化ゆえにそれぞれの労働者の事情に応じた多様な働き方も時代に則した人事施策です。
多くの会社ではメンバーシップ型雇用からの移行を考え、ジョブ型雇用を導入するにしても欧州のように徹底したジョブ型導入は困難でしょう。よって、「日本版」ジョブ型制度の模索が必要です。一例としてメンバーシップ型を軸としながらも一部にジョブ型を導入するなどのハイブリッド的な人事評価制度が導入されていくものと考えます。
Withコロナの中でニューノーマル(新常態)を定着させていきながら、永続的に年功序列賃金および長期雇用も保証し続けるのは難い状況です。よって、旧来までの画一的な組織管理型の人事評価制度からの脱却は企業の存続を考える上でも重要な論点です。
多くの人事評価制度は過去の行動を評価、欠点を探し出し評価項目を埋めるなど評価者による「後出しじゃんけん」とも言える手法が主流でした。しかし、現在ではそもそも同じ空間で働くことが当たり前ではなくなりました。よって、評価方法が旧来と同じでは、労働者の納得を得られません。何をどれだけ出来たか、競争相手は同業他社であり社内のメンバーのあら探しを目的としないことなど、変化させていくことが求められます。
まずは、「仕事しらべ」がスタート地点となります。仕事を明確化することで、仕事のレベル感を可視化することできます。
次に期待する社員の行動を明確化します。また、具体的な評価項目を掲げ、どのような着眼点によって評価がなされるかを労使双方で共有すべきです。
その後は、労働者の能力開発を目的としてOJTなどにより能力開発のための制度を設けることです。
そして、最後に給与制度を構築します。
特に中小零細企業となれば、明確な給与体系が存在していない場合や人事担当者が不在であること、評価項目がなく管理者もいない、社員の育成プログラムがない、制度の導入予定もなく運営も困難など、できない理由を挙げ出すと枚挙に暇がありません。
そこで、まずは最低限度の制度を導入すること、制度導入後の管理が自社のキャパシティーでも可能であること、評価項目が誰もが理解できること、社員が育つ仕組みがあること、企業の利益追求の姿勢に反しないことを念頭に置き、プロジェクトを進めていくことが導入時の心理的なハードルも下げてくれることとなります。
まずは、仕事しらべのポイントとしては、部門別に作成をすること、成長のステップが解るようにすることが適切です。成長のステップを感じることが出来なければ労働者としても自身の成長を感じることが出来ず次第に帰属意識が薄らぐ遠因にもなってしまうからです。
次に行動の明確化のポイントです。ここでは、求める社員像を可視化することです。どのような社員としての姿が組織に望まれるのか、また評価すべき要素も決定します。評価の際の着眼点まで洗い出すことが可能であればそこまで進めるべきです。しかし、多くの企業はここで足踏みすることがあるために、先に進めることができる部門から進めるなどの工夫も重要です。
着眼点の洗い出しについては、誰もが解りやすい論点から始めることが足踏み防止にも有効です。例えばPCでの入力操作が主たる業務の部署の場合はブラインドダッチで入力できる状態でタイプミス防止の為の準備もできており、かつ部署で年数回の成果を発表している状態を最高評価とし、ブラインドタッチ練習ソフトを購入しただけの状態を評価の準備段階(最も低い状態)とするなどが挙げられます。このように評価の着眼点が可視化されると働く場所に関わらず努力の方向性が誤りにくい状態となり得ます。
また、期待する社員の明確化の更なるポイントとして、部署ごとにどのような経験、知識が必要なのかを作成することで、社員が自己の裁量に基づき経験値や知識を獲得しよう行動に落とし込みやすい状態となります。
給与制度の構築についてのポイントは、まずは、昇給額を決定することが重要です。経営計画段階から昇給可能な額を決定し、年齢給、諸手当、上限基本給額を決定することです。
認める部分を可視化し、承認、評価することで動機づけができるようになります。車の運転や受験勉強を例にとると動き出す際には多くのエネルギーを消費します。しかし、動き出してしまえば動き始めと比較して勢いなどの余力もあり、エネルギーの消費は多くはないでしょう。よって、動き始めるための動機づけが目標達成時期を左右するとも言えます。
獲得したスキルや成果を明確化し、それに応じた処遇を決定することができます。人間であれば、自分自身が組織からどのような評価を受けているのかは気になる部分です。しかし、人事評価制度未構築ゆえに不透明な評価制度のままでは具体的な行動ベースへの落とし込みが困難です。適正な処遇は社員を本気にさせる意味でも重要です。
経営理念や目標が明確化することで各々が同じ方向を向きながら歩みを続けることが可能です。組織の最も恐ろしいことは努力の方向性が誤っているにも関わらずそれが長期間放置されてしまうことです。
努力しているにも関わらず結果が出ないという経験も必要な経験と言えますが、Withコロナの時代においては今後も不確実性の高い時代背景であることから、人海戦術により長い時間をかけて成果を挙げる手法は適切とは言えません。可能な限り生産性を高め、正しい方向に密度の濃い本質的な行動を重ね合わせていくことが求められます。
求められる能力や経験が明確化し、現在地とのギャップを埋めるための努力が可能となり、結果的に個の成長ひいては組織力の向上に寄与します。組織に属するビジネスパーソンであっても自己成長は次の目標達成への原動力となります。
逆に成長を感じられない組織の場合、帰属意識低下のリスクを孕んでいます。自己成長の為に実際に行動を起こすのは自己責任ですが、そのための環境整備は企業が整えることが望ましいと言えます。
どのような制度を導入しても100%納得性、公平性が得られる制度はありません。しかし、結果的に人材育成や業績向上に資するのであれば、長期的には労使Win-Winになるのではないかと考えます。
また、せっかく導入する制度であり、運用しやすいことが重要です。導入したものの複雑すぎて「積読」状態になったのでは本末転倒です。しかし、運用しやすい=人材育成、業績向上に繋がるとは断言できません。運用のしやすさと本質的な成果は総合的に判断しながら進めていくべきです。
また、行動コストを減らす工夫も重要です。例えばPCに備え付けられていたとしても奥に入り込んでいるために取り出して確認するまでの行動コストが大きくなると次第に制度が形骸化する要因になります。
採用、評価、教育に分けられます。採用は求人票の作成などである程度は応募者をコントロールすることは出来ますが、実際にどのような人が応募してくるかは不透明です。しかし、評価制度や教育制度については、現在働いている社員に対して働きかけをすることであり、採用に比べて確実性のある分野と言えます。
一例としてコンピテンシー(仕事ができる人の行動特性)を明確化することで、目指すべき方向性が示すことができます。そしてコンピテンシーが明確化すると副次的に採用の基準にも活かすことができます。どのような制度であっても一貫性がなければ社員が疑心暗鬼となり集中して行動を起こすことが難しくなります。反対に基準が明確化することで評価基準にも使うことができます。
まずはコンピテンシーに挙がる人材と同等の能力を目指してしまうと多くの場合、計画が頓挫してしまいます。そこで、能力ではなく「行動」にフォーカスするように教育していく必要があります。そして、各々の社員の自主性に任せきりになるのではなく、定期的に社員が奮い立つような仕組み(メンターなどが部下の習熟度をチェックし、後押しをする)を入れておく必要があります。
やらせるだけであれば簡単ですが、導入当初の熱意を継続させることは相当に難しいものです。また、一定期間経過後は、社員から後輩社員へ教えさせる環境整備も必要です。「人に教える」という行動は最も学習効果が高いとの指摘もあり、また、自身を省みる機会としても有用です。
人事評価制度は大企業と中小零細企業では投入できる費用や運用にあたって社内で投入できる人材数も全く異なるでしょう。よって、目標達成の為の道筋が異なることはやむを得ません。しかし、最終的な目標である企業の利益追求という部分は同じです。
企業である以上利益が出せなければそもそも会社の存続が難しくなり、利益を追い求めないのであれば慈善事業となってしまいます。コロナ禍により、問答無用で始まったリモート化や後進国と揶揄されていたIT化が一気に促進されました。新時代の人事評価制度を通じて、個の成長、ひいては組織力の向上に繋げることが本質的な人事評価制度となります。