健康保険、介護保険、厚生年金保険や雇用保険、労災保険といった社会保険に関する社会保険料は、標準報酬月額をベースに算出されます。今回は、この標準報酬月額とはどのようなものか、そして、4月~6月の残業時間数が標準報酬月額にどのような影響を及ぼすのかについて説明します。
標準報酬月額とは、各種保険料を算定するための基礎となる月額報酬金額のことです。4月~6月の3ヶ月間における給料の平均支給額をベースにして、9月~翌年の8月までの保険料を決定する仕組みです。このような標準報酬月額によって保険料を決定する仕組みのことを、定時決定と言います。
本来であれば、各種保険料は、毎月ごとの給与をベースに算出されるべきです。しかし、毎月ごとに給与にはバラつきが生じますし、これを都度反映する形で各種保険料を設定するのは現実的に不可能です。
そこで、4月~6月の平均給与額をもって1年間の平均報酬額とみなすことによって、各種保険料の決定業務の簡易化を狙っているのです。なお、給料が大きく変動した場合には、それに対応するために随時改定が行われ、各種保険料金が見直されます。
標準報酬月額ごとに、各種保険では等級を定めています。例えば、健康保険では50段階、厚生年金保険では30段階と、非常に細かいランク分けがされています。興味がある方は、標準報酬月額等級表をご確認ください。なお、各ランクには一定の幅がありますし、1年間を通してランク内の給与が支払われ続ける保証はありません。したがって、標準報酬月額と実際の報酬額には差があるのでご注意ください。
標準報酬月額の算定基準となる4月~6月の給与には、基本給、役職手当、住宅手当、通勤手当、残業手当などが含まれます。つまり、4月~6月の間に残業時間が多くなると、標準報酬月額の算定基礎となる3ヶ月分の給与が増えてしまいます。すると、各種保険料の等級があがるので、1年間を通して納付しなければいけない保険料も高くなってしまうのです。「4月~6月は毎年残業をしない方がいい、残業するほど給料が減って損をするだけ」と言われるのはこれが理由です。
なお、結婚祝い金や出産祝い金、各種見舞金や年3回までの賞与については、標準報酬月額の算定基礎となる給与には含まれません。これらはあくまで臨時に支払われるものだからです。
健康保険を例に、標準報酬月額の決定方法を見てみましょう。
健康保険では、標準報酬月額を、第1等級の58,000円から、第50等級の1,390,000円までの全50等級に区分しています。東京都における令和2年度9月分の健康保険料の標準報酬月額等級表によると、例えば、第23等級の標準報酬月額は320,000円です。この第23等級に該当するとされる人は、実際の4月~6月における報酬月額が310,000円以上330,000円未満の方とされています。
その他、具体的な保険料等級については、全国健康保険協会の公表する保険料額表をご参考ください。
標準報酬月額のベースとなる4月~6月の給料には、労働の対価として支払われるものがすべて含まれます。
基本給はもちろんのこと、役付手当、勤務地手当、家族手当、通勤手当、住宅手当、残業手当など、これらはすべて労働の対価と評価できるので、標準報酬月額の判定基礎に組み込まれます。注意しなければいけないのが賞与です。年3回までの賞与についてはこれに含まれませんが、4回以上支払われる性質のものについては、算定基礎に含まれます。
他方、上述のように、労働の対価として支払われるわけではない一時金などについてはこれに含まれません。
通常、一般的な企業に勤めている限り、基本給は1年以内に大きく変動することはありません。4月~6月の期間の基本給と、翌年8月の基本給にそう大差はないでしょう。しかし、残業代だけは別です。0円の月もあるかもしれませんし、残業が重なった時には、月額数万円の残業代が発生することもあります。この残業代が多くなる時期が4月~6月に含まれてしまうと、標準報酬月額に多大なる影響を与えてしまいます。
標準報酬月額の算定基礎となる4月~6月と言えば、多くの企業で決算期が重なりますし、新入社員に対する教育にかかる時間も増える時期です。そもそも残業が増えざるを得ない時期であるにもかかわらず、これを基準に1年間の標準報酬月額を決定するのは、企業及び労働者にとって不利であると指摘されていました。
これを踏まえて、2011年4月より、標準報酬月額算定にあたって新しいルールが追加されています。それは、部署や業種の性質上、残業が4月~6月に毎年多くなって、標準報酬月額が定時決定によって高くなりやすいときは、前年の7月~今年の6月の平均の報酬月額から計算した標準報酬月額と比較して違いが2等級以上あったときに限って、標準報酬月額を申し立てによって後者のものにできるというものです。これにより、前年度の7月以降の期間を算定基礎に含められるので、4月~6月における理不尽な残業超過による標準報酬月額の上昇を食い止めることが可能となります。
毎月の給与に対する健康保険料と同様、毎年の賞与に対する健康保険料も同じような方式で算定されます。具体的には、標準賞与額を算出することによって、賞与に対する保険料を決定するというものです。なお、年4回以上の賞与については、標準報酬月額に含まれる点は上述の通りです。
標準賞与額は、税引き前の賞与総額から1,000円未満を切り捨てた金額です。4月1日~翌年3月31日までの賞与合計額が573万円が上限です。このようにして算出された標準賞与額に対して、標準報酬月額における保険料率が掛けられて、賞与に対する保険料が決定されます。
なお、組合に入っている別の事業所からの転職などによって、現在の事業所と以前の事業所の標準賞与額のトータルが上限をオーバーするときは、標準賞与額の訂正するために「標準賞与額累計申出書」を提出します。
標準報酬月額についての説明は以上です。特にご注意いただきたいのが、4月~6月における残業がいかに労働者にとって損をもたらすかという点です。4月~6月に余計な残業をしてしまうと、その後1年間、保険料の負担に苦しむことになってしまいます。このようなこのような事態はできるだけ避けるべきでしょう。残業を避ける、あるいは、どうしても残業を避けることができない場合には、前年7月以降の平均月額を算出するのを忘れないようにしてくださいね。