移転価格税制は、「議論の税制」と呼ばれることもあるくらい、納税者である企業と税務当局の立場や国の違いによって結果が変わるという側面を有しています。
経営者としては、租税回避の意図が無いにも関わらず、思わぬ課税を受けてしまうリスクを抱えることになりかねず、追徴課税による突然のキャッシュアウトは経営にも影響を及ぼしかねません。
そこで、導入されたのが、移転価格税制に関する事前確認(APA: Advance Pricing Arrangement)制度です。この制度は、企業が今後数年間行う国外関連取引の価格設定について、税務当局から事前に確認を取ることで、移転価格調査・課税を回避する制度となっています。この記事では、そんなAPA制度についてわかりやすく解説していきます。
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移転価格税制に関する事前確認(APA: Advance Pricing Arrangement)とは、移転価格課税に関する納税者の皆様の予測可能性を確保するため、納税を行う企業の申出に基づき、その申出の対象となった国外関連取引に係る独立企業間価格の算定方法及びその具体的内容(以下「独立企業間価格の算定方法等」といいます。)について、税務署長等が事前に確認を行うことをいい、昭和62年(1987年)に我が国が世界に先駆けて導入した施策です。APA制度は、日本のほか、米国、 英国等の主要国において導入されています。
APAを受けた国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとして取り扱われることから、確認された水準で申告する限り、我が国の税務当局から移転価格課税を受けるリスクがなくなります。
しかしながら、相手国の税務当局から移転価格課税を受けるリスクは残るため注意が必要です。事前確認は、企業経営者側からみれば、能動的に移転価格及びその設定方針等の妥当性を立証し、税務当局に確認を求めることができることから、移転価格調査の結果がもたらす更正リスク等の企業経営上の不確実性を排除し、予見可能性を確保できるようになるというメリットがあります。
APAを取得することによって、移転価格に関する二重課税を受ける可能性を排除できるのみでなく、APAという積極的な形で移転価格問題に取組むことにより、長期に亘る移転価格調査において発生するであろう対応コストを節減することも可能です。
さらに、副次的な効果として、APAを申請する際には、申請対象となる取引について詳細な検討を行い、内部データ及び内部データの分析に基づいた合理的な移転価格算定方法を策定することになります。したがって、APA申請に伴い、社内取引ルールの明確化及び移転価格税制に対する社内的対応体制の確立を図ることが可能です。
APAには、このようなメリットあるものの、移転価格は国際間取引の問題であることから、関与する税務当局も当然2カ国以上となります。そのため、移転価格リスクを完全に排除するためには、関与するすべての税務当局からAPAを取得しておかなければなりません。
2カ国以上の税務当局から合意を得るためには、関与国に対して同時にAPAを申請し、それら税務当局間の協議がなされた上で合意に至ることになります。2カ国以上での事前確認は、バイラテラAPA、または、マルチラテラルAPAと呼ばれています。
事前確認の申出は、事前確認を受けようとする事業年度(以下「確認対象事業年度」といいます。)のうち最初の事業年度開始の日までに、確認対象事業年度、国外関連者、事前確認の対象となる国外関連取引及び独立企業間価格の算定方法等を記載した申出書を国税庁に提出しなければなりません。
国税庁は、納税を行う企業がスムーズに事前確認ができるよう、事前確認事前確認の申出の前に相談を受ける事前相談を行っており、各国税局に事前相談の担当窓口が設けられています。
事前相談は、納税を行う企業と税務当局の双方が申出内容について基本的な理解を共有するためのものであり、この事前相談を行うことによって納税を行う企業にとっては、申出時に必要な資料作成事務を効率的に行うことができるようになります。
また税務当局における申出後の審査の円滑化・迅速化の効果も期待されます。移転価格税制の申出を行うかどうかのご判断がつきかねている企業についても相談も受け付けており、相談しやすい環境整備が整えられています。
APA制度は、企業経営者にとっては、事前に課税リスクを軽減することができるため、積極的に利用すべき制度であると言えます。APA制度を利用する場合、日本においては、国税庁が事前相談を受け付けており、利用しやすい環境が整えられています。
しかし、APA取得までの手続きや合意後の運営には専門的知識が必要です。各申請国における煩雑な手続きや税務当局との調整等の多くの困難な作業も伴うこともあります。したがって、このような問題を解消し効率的にAPAの申請を行うためには、移転価格アドバイザーを利用することも検討する必要があります。