取引先の実情について知りたい、就職先や転職先について調べたい、投資対象を分析したいというときに役立つのが有価証券報告書です。数多くある経営指標の中でも特に重要視されるべきものです。そこで今回は、有価証券報告書について説明します。
有価証券報告書とは、金融商品取引法の規定に基づき、上場企業のうち一定要件を充たす企業に対して提出が義務化されているものです。企業の自社情報や経営状況をまとめたもので、投資市場の公正化を図り、投資家の判断に資することを目的として作成・提出されます。
基本的に3月決算の企業については、6月下旬までには開示されます。いろいろな観点から企業の実態・実績や将来予測が記載されているので、企業の公式ガイドブックのようなものと言えます。
有価証券報告書の提出義務については、金融商品取引法第24条によって定められています。詳細は以下をご覧頂くとして、基本的には株式の上場企業や株主数に関する一定要件を充たす場合には、提出義務があります。
有価証券報告書の提出義務があるのは、以下の企業です。
所有者数が1,000人以上の株券または優先出資証券及び所有者数が500人以上のみなし有価証券の発行者さらに詳細な要件については、関東財務局のホームページなどを参照してください。
有価証券報告書は、原則として事業年度終了後3ヶ月以内に提出し、開示しなければいけません。外国企業の場合は、6ヶ月に伸長されます。なお、一定の要件を充たす場合には、さらに期限を延長することも認められています。延長が認められた企業については、日本取引所グループグループのホームページに掲載されているのでご確認ください。
以下では、有価証券報告書の記載内容について近年求められる要請などについて説明します。特に、2019年1月に出された内閣府による開示府令及び、2019年3月に出された金融庁よる有価証券報告書における記載内容に関するガイドラインによって、一層の要請がなされています。したがって、その要請内容に配慮しつつ、投資家や経営者側がどのような点に留意すべきかを紹介します。
まずは、経営戦略や経営方針に関する事項についてです。
有価証券報告書に今後の経営戦略・経営方針・資本コストなどを記載するときは、経営者の認識に基づいた記載内容になることが求められています。実務上、別の開示書類(年次報告書など)に経営者が記載しているメッセージをそのまま利用する運用が採られるケースがあります。
有価証券報告書の開示は、市場における投資家を保護する目的で行われるものです。したがって、各企業の経営理念を記載するとしても、「現在の経営者がどのような方向性を有しているのか」という観点は極めて重要となります。したがって、経営者の認識に基づいた経営戦略・経営方針が開示されなければいけないのです。
なお、有価証券報告書には、リスク情報の充実も求められるようになりました。が、開示によって企業が大きく損害を被ると考えられる事由や企業価値が損なわれうる機密情報については、開示する必要はありません。
経営戦略・経営方針などの開示については、経営会議や取締役会での議論内容を適切に反映することも求められています。投資家の目線で考えたとき、すぐに調べられる財務状況だけでは投資の判断には不十分です。より積極的に、当該企業の中で経営方針を決定する際にどのような事項が考慮され、あるいは切り捨てられたのかなど、踏み込んだ内容こそ投資家の判断に資するものです。これによって、投資家は今後の経営の方向性を汲み取ることができるので、将来の経営予測の確度を高めることができます。
ただし、企業経営者側の立場からすると、すべての議論内容を開示するのはリスキーです。特に、経営計画などが中長期的な経営計画になる場合には、開示すること自体が今後の中長期経営計画にどのような影響を及ぼすかを考えつつ、慎重な対応を求められます。
いろいろな企業形態、企業活動のあり方が模索される中、現在の企業は非常に多角化を進めています。そのため、多角化が進む企業において、単一の経営方針だけが示されるのでは投資家等にとって不十分だと判断されるケースがあります。この場合には、有価証券報告書の内容をより充実させる目的から、事業セグメント別の記載をすることが求められます。
なお、事業セグメント別の記載方法について特に具体的な指定はなく、投資家等にとって分かり易い形での開示であれば良いと考えられています。例えば、財務諸表の注記としてでも可能ですし、経営戦略等に関する経営者の認識に添える形でも問題ありません。要は、全体の事業に対するセグメントの位置付けが投資家等に対して明確であるか、ということです。
開示府令及びガイドラインにより、「優先的に対処すべき事業上及び財務上の課題」の記載の充実が求められています。経営者側の考える課題に対する優先度は、投資家にとって極めて重要なものです。課題認識の適切性、達成可能性を評価できるように、具体的な内容であるべきでしょう。
有価証券報告書には、企業の実態を読み解くだけの充分な情報が掲載されています。現在の財政状況だけでなく、その現状に対して経営者がどのような認識を有しているのか、どのような改善案を検討しているのか、そして、今後企業全体としてどのような方向性を持っているのかなど、具体的な施策を知ることができるものです。
ただ、そもそもまったく背景知識がない中で有価証券報告書に触れたとしても、投資家に充分な実益をもたらすことはできません。企業はあくまでも社会の中で活動しているわけですから、実社会における企業実態、企業へのイメージは充分に持つようにしましょう。その上で、数値データや経営者の考えを有価証券報告を通じて知ることができれば、財務諸表などに表れている数字の意味をより深く認識することができますし、何より当該企業が今後どのような成長を遂げるのかを予測するのに役立つはずです。
有価証券報告書は、企業のすべてが掲載されています。しかし、それに触れるだけですべてを知ることができないというのもまた事実です。社会動向を踏まえた上で、有価証券報告書を有効な手段として活用し、今後の企業成長予測に役立ててください。