近年、エンロンやワールドコム、日本ではカネボウといった企業の粉飾決算が明らかとなり、社会的な問題となっています。粉飾決算の事例はあとを絶たず、粉飾決算を防ぐことを目的として様々な法律、会計制度・監査制度などが整備されてきました。この記事では、そんな粉飾決算について詳しく解説します。
粉飾決算とは、利益を過大または過少に表示することをいい、認められない会計処理のことを言います。利益に影響を及ぼさない貸借対照表だけの粉飾もありますが、通常は、利益の過大、過少を意味します。利益を過大に表示する場合を粉飾、過少に表示する場合を逆粉飾と言って区別することもあります。粉飾決算の具体的な手法としては、売上げの過大・架空計上、費用の過少計上、預金や商品などの過大計上、借入金の過少計上などがある。これらの取引を取引先や子会社の協力のもとに行われるものもあります。
公認会計士の監査を受けている企業でも決算操作は日常的に行われているものですが、監査を受けている企業に不正な会計処理である粉飾決算は少なくなります。ここで、決算操作とは、意図的に利益を過大または過少に表示することによって、企業の経営状況を実態よりも良くまたは悪くみせることを言います。利益操作、会計操作、会計政策、利益平準化、クリエイティブ・アカウンティングなど、様々な名称で呼ばれています。決算操作は、学術用語ではありませんが、利益を経営実態のまま計上するのではなく、ある種の目的を持って実態よりも大きく、まやは小さく計上することを意味します。決算操作は、会計基準の範囲内にある決算操作と会計基準の範囲外である粉飾決算に分けることができます。
つまり、ルールの範囲内で行われているものは決算操作、ルールの範囲外で行われているものは粉飾決算ということになります。決算操作と粉飾決算の境界はあまり明確ではないものの、決算操作は法令や会計基準の許容する範囲内の操作です。そのため、アーニングス・マネジメントまたは利益調整、利益マネジメントとも言われます。これに対して、粉飾決算は法令や会計基準の許容する範囲外の決算そうであり、会計的犯罪であって許されるものではありません。粉飾決算に関与した者は、法的な責任を問われ、上場企業については上場取り消しとなる可能性があります。
現行の会計基準では、合法的な会計上の操作については許容されています。会計基準には、1つの会計事象に対して複数の会計手続きの選択が認められているケースがあります。たとえば、減価償却の方法をみても、日本では定額法と定率法の選択が認められています。いずれの方法を選択しても、長期でみれば、会計利益に与える影響は同じですが、適用初期には、定率法よりも定額法の方が報告利益は高く計上されることになります。
また、会計では、報告利益を計算するときに、実際の現金収支で利益を計算するのではなく、見積もりの計算を多く利用します。商品を掛けで販売した場合は、実際の入金はなくとも、売掛金という勘定で売上高に参入します。このような会計上の見積りや調整の判断は、報告利益を作成するプロセスの多くの局面で必要とされ、経営者は裁量的にその調整を行うことが可能となります。
会計上の見積りの調整や会計手続きの選択の変更が利益に与える影響は僅かであると感じるかも知れません。しかし、実際にはその影響は極めて甚大です。たとえば、ある航空会社は、減価償却に関する耐用年数について、当初の10年という期間を変更し、数年間延ばしただけで、経常利益ベースで約178億も増加させることに成功しています。
もちろん、極端な変更は、公認会計士の監査で指摘される可能性がありますが、経営判断を伴う会計上の調整は、経営者の主観に委ねられているのが現状です。このような会計基準の範囲内で行われる会計上の操作は、決算操作に分類されるものですが、現在の会計研究と会計実務における主要な関心事となっています。このような粉飾決算を防止するために、上場会社や大会社においては、公認会計士・監査法人による監査が強制されています。
粉飾決算をして銀行から不正に融資を受け、本来できない利益配当や役員への賞与の支給を行えば、会社の財産の減少をもたらし,債権者へも影響することになります。さらに上場会社にあっては,投資家への偽りの開示となり証券市場での投資家を裏切ることもあります。したがって、粉飾決算は多大な弊害をもたらし、会社経営者としては決して行ってはならない行為です。コンプライアンス(compliance 法令遵守)の見地からは当然に許されません。金融商品取引法で有価証券報告書の虚偽記載の罰則は、個人が懲役10年以下または罰金1千万円以下となります。法人は7億円以下の罰金となります。
それでは、なぜ経営者は会計利益を調整する動機を持つのでしょうか?日本や米国で行われた研究によれば、契約に基づく動機と株式市場に基づく動機に大別されています。契約にもとづく動機とは、企業経営を効率化するために結ばれる契約に付随する動機を指します。たとえば、経営者のインセンティブを高めるために、利益連動型報酬が締結されることがあります。
このようなインセンティブシステムは、経営者と株主の利害を調整し、企業価値の向上に寄与することが期待されています。それと動機に、経営者は報告利益を調整することによって自らの報酬を最大化する動機を持つことになります。この他にも、債務契約における財務制限条項の定食回避や経営者交代時にも利益調整が行われていることが明らかとされています。さらには、税コストを低く抑えるために、利益減少型の利益調整(逆調整)が実施されることになります。契約関係に依拠した利益調整研究では、エイジェンシー理論が利用差されており、企業の契約関係を理論的に整理して、経営者の利益調整行動を実証的に解明しています。
また、株式市場の基づく動機としては、業績悪化に起因する株価の下落を食い止めることがその動機として挙げられています。実証研究の成果によれば、損失回避、現役回避、アナリストや経営者の予想値を達成するといった利益調整の動機が明らかとなっています。損失の計上や経営者予想の未達成は株式市場に負のサプライズを与えることから、経営者は株価が下落することを懸念して利益調整を実施すると解釈されています。近年では、多額のストックオプション制度を導入している経営者も利益調整の動機が大きくなることが明らかとされています。これは株価が自らの報酬と直接リンクしているので、株価のマネジメントを意識した利益調整が実行されていると想像されています。
粉飾決算が行われる可能性があるのであれば、会計制度で利益操作の可能性を排除してしまえば良いのではないかと考える人もいるかも知れません。事実、近年の粉飾決算の多発によって、会計制度は利益調整を排除するように設計される傾向にあります。しかし、利益調整の存在を擁護する見解として、利益調整の効率的な側面を主張するような議論もあります。たとえば、企業の環境が変化する場合、その環状に応じた最適な会計手続きの選択が存在することが指摘できます。
たとえば、棚卸資産の評価方法には、先入先出法と後入先出法の2つがありますが、後者が相対的に棚卸資産の時価を反映した評価方法になります。仮に物価が大幅に上昇している場合などは、後入先出法が実態を反映した会計手続き選択となり、契約の効率性を高めるかもしれません。また、利益調整は企業内部の情報を投資家等の企業外部者に伝達するためのツールとしても期待されています。
企業に関して多くの情報を有する経営者が企業の実態を反映した利益調整を実施することで、企業外部者にシグナリングを送ることが期待されているのです。たとえば、銀行が不良債権問題で注目を浴びているときに、債権に対してどれだけの貸倒引当金を計上するから重要な局面です。貸倒引当金とは、将来の貸倒れに備えて、企業が事前に引当処理を行う会計手続きです。貸倒引当金の設定金額に応じて、利益調整ができるわけです。
米国の実証研究では、貸倒引当金を多く設定している企業ほど、利益が減少するにも関わらず、株価は上昇することがわかっています。これは、銀行が将来の貸倒れ損失に備えて、当期の利益を犠牲にしても引当金を設定したことに対して、市場が高評価を下したことを意味しています。銀行が保有する債権のデフォルトリスクについて、投資家は詳細な情報をすることができません。引当金の設定に関して、経営者に裁量性を残しておくことで、債権の状況に応じて弾力的に引当金処理を行うことができるわけです。
会計基準が経営者の裁量性を排除しようとして、引当金の設定金額の売上高のX%というように固定化してしまうと、利益調整の手段は制限されることになりますが、上記のような効果は奪われてしまうことになります。このように利益調整には近年主張されているような負の側面だけが存在するわけではありません。コストとベネフィットのいずれの効果が支配的となるかは、誰にもわかりません。それは会計基準をどのように設計するかに依存して決まることになります。
決算操作や粉飾決算の手法は、会計的に言えば収益と費用を過大あるいは過少に計上し、資産と負債を過大あるいは過少に計上する組み合わせであるので、勘定科目の組み合わせは無限にあることになります。そのため、決算操作や粉飾決算の境界を定めることは極めて難しいことになります。これまでも、粉飾決算が認められるたびに、会計制度は強化され、その抜け穴は塞がれてきました。
粉飾決算になりうる方法は無限にある以上、イタチごっこが続いているのが現状です。粉飾決算を完全に無くすことは難しいことなのかも知れません。しかし、粉飾決算は明確に犯罪です。犯罪に手を染める経営者やその右腕である経理部長などが逮捕されるケースも少なくありません。粉飾決算は明確に犯罪であることをきちんと認識しておくことが重要です。