会社が使用人に対して支給する給与・報酬は、人件費として全額損金となります。しかし、役員報酬は全額が損金算入されるわけではなく、一定の制限があります。会社が役員に対して自由に報酬を支払えると、いわゆるお手盛りの弊害が生じる可能性があるからです。この記事ではそんな役員報酬の相場について詳しく説明します。
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会社(法人)が「使用人(従業員)」に対して支給する給与は、人件費として損金に算入されることになります。企業の所得は、会計上の利益が収益から費用を引いて求められるのと同じように、益金から損金を引いて求めます。会社経営においては、様々な費用(損金)がかかりますが、法人税法上、使用人に対して支給する給与は原則として全て損金として取り扱われます。
しかしながら、法人が「役員」に対して支給する給与については、従業員に対して支払われる給与とは異なる取扱いがなされます。経営者や役員に対する役員報酬は、従業員給与と違い、税務上さまざまな取り決めがあります。役員又は使用人に対する勤労の所得は給与と総称されますが、法人税法34条1項では、役員給与のうち、退職給与で業績連動給与に該当しないもの及び使用人兼務役員に対する使用人分給与を除き(同項柱書括弧書)、①定期同額給与、②事前確定届出給与及び③業績連動給与のうち、一定の要件に該当するものという3種類の給与のいずれかに該当しないものは、全額損金不算入と定めています。
この規定により、上記3種類の給与のいずれかに該当しない役員給与については、損金として取り扱わないということになっています。損金にならないということは、「役員報酬の金額が利益に上乗せされる」ということを意味します。利益に上乗せされるということは、「それだけ法人税が高くなる」ということです。つまり、損金として役員給与を取り扱わないということは、会社としてはそのせいで支払わなければならない税金の額が高くなることになります。企業の役員が自身で報酬を決めることができるという仕組みを悪用して、大きな利益が見込まれる決算の前に役員報酬を増やし、法人税を減らすという調整に使われるのを避けるために、法人税法上、役員報酬については制限が設けられています。
それでは、企業はどの程度の役員報酬を支払っているのでしょうか?会社法では、役員報酬について「定款または株主総会の決議によって定める」としています。株主総会で役員報酬の総枠について承認を得る必要があります。役員報酬は不相当に高すぎると税務署などから否認される可能性があることから、他の企業の報酬水準などを参考にしながら、適正金額を設定する必要があります。なお、不相当に高額なものや事実を隠ぺいし、又は仮装して経理をすることによりその役員に支給する給与についても、損金の額に算入されません(法人税法34条2項及び3項)。また、退職給与は、業績連動給与に該当するものを除き、不相当に高額な部分の金額に該当しない限り、損金の額に算入されます(法人税法34条1項本文括弧内及び2項)。
次の節では、役員報酬の相場についてデータを示しながら解説していきます。
人事院事務総局では、毎年、『民間企業における役員報酬(給与)調査』を実施しています。令和2年度については、新型コロナウイルスの影響で調査が見送られていますが、1年に一度は必ず実施されている調査です。そこで今回は令和元年度のデータを使って、役員報酬の相場を明らかとしていきます。
『民間企業における役員報酬(給与)調査』は、国家公務員の指定職俸給表の適用を受ける職員(事務次官など)の給与を検討するための資料を得ることを目的とした調査で、全国の企業を対象として、毎年実施されているものです。この調査では、民間企業における主な役員の年間報酬額を企業規模別に集計した結果が提供されています。
このデータによれば、社長という役職に就いている人で、全企業規模平均だと、4,622.1万円が平均役員報酬となっています。従業員数が3,000人を超える企業の社長という役職に就いている人の平均役員報酬は7,372.6万円で、従業員数が1000人以上、3000人以下の企業の場合の平均役員報酬は4,554.3万円、さらに、従業員数が1,000人未満の企業の場合の平均役員報酬は3,963.1万円となっています。
副社長という役職に就いている人で、全企業規模平均だと、3,923.6万円が平均役員報酬となっています。従業員数が3000人を超える企業の社長という役職に就いている人の平均役員報酬は5,449.6万円で従業員数が1000人以上、3000人以下の企業オン場合の平均役員報酬は3,460.3万円、さらに、従業員数が1,000人未満の企業の場合の平均役員報酬は2,856.4万円となっています。
一方、専任取締役という役職に就いている人では、全企業規模平均だと、1,944.6 万円が平均役員報酬となっています。従業員数が3,000人を超える企業の社長という役職に就いている人の平均役員報酬は2,446.8万円で、従業員数が1000人以上、3000人以下の企業の場合の平均役員報酬は、1,939.5万円、さらに、従業員数が1,000人未満の企業の場合の平均役員報酬は1,819.5万円となっています。
このデータからわかるように、企業規模が大きい会社であればあるほど、役員報酬の水準も高くなっているということがわかります。役員報酬は、企業規模に関わらず、1,000万円を超える水準です。自社の役員報酬を決める場合には、このデータを参考にしながら、役員報酬を決める必要があります。他の企業と比較してあまりに高すぎる場合には、税務署からチェックを受けて、損金不算入となる可能性もあるので注意が必要です。
ただし、中小企業の場合には、役員報酬もこの水準よりも低くなるのが一般的です。ほとんどの中小企業は、同族会社(家族経営の会社)で、社長自らが自分の役員報酬を決定しているのが普通です。現在の法人税法の取扱いでは、定期同額給与など、一定の条件を満たすことが役員報酬を損金として処理するための要件となっているので、定時株主総会で役員報酬を決定した後は、決算日まで役員報酬額を変更しないことになります。
多くの中小企業では、昨年度の取引高を参考に、翌年の年間の取引高についてある程度の予測ができるので、会社の利益を確実に出すために役員報酬を控えめに設定しています。利益が出ている会社の方が、銀行などから融資を受けやすく、資金調達が比較的容易になるからです。ただし、会社の利益を内部留保としないで経営者の懐に入るように多少赤字になる前提で役員報酬を高めに設定している企業もあります。このあたりは、企業の財政状態や経営成績によって多少融通がきく部分ではありますが、原則として事前に定めた役員報酬を変更するには煩雑な手続きが必要です。中小企業では生活が安定してできれば良いと考える経営者も多く、そのような場合は稼いだ部分は個人で貯蓄できるようにと意識します。結局のところ、最終的に会社を大きくしたいか否かによって、役員報酬の設定の仕方は変わることになります。
役員報酬の額や決め方を変更する場合には、増額する場合でも減額する場合でも、まず株主総会などを通じて確認の手続きをとることになります。役員報酬の変更は、原則として年1回の株主総会の決議などによります。そのため、変更は期首から3ヶ月以内を原則となります。中小企業の場合、2ヶ月以内となります。業績が著しく悪化した際の減額、昇格などによる増額は特例として認められます。役員報酬の増額が認められるケースとしては、臨時改定事由に相当する『役員の職制上の地位の変更、その役員の職務の内容の重大な変更、その他これらに類する止むを得ない事業があった場合』のことを言います。役員報酬の減額が認められるケースとしては、上記、臨時改定事由に相当する事象が発生した場合のほか、業績が著しく悪化した場合が該当します。著しい悪化がどの程度かは示されていませんが、単に資金繰りが悪化した場合や業績目標値に達しなかったというだけでは認められないのが普通です。
中小企業に多い同族会社のような場合、株主が少数の者で占められ、かつ、役員の一部の者が株主である場合や、株主と役員が親族関係にあるような会社については、役員給与の額を減額せざるを得ない客観的かつ特別の事情を具体的に説明できるようにしておく必要があります。いったん決めた役員報酬は、よほどのことがない限り、期の途中で変更することができないことが原則です。したがって、役員報酬を設定する場合には慎重を期す必要があります。
変更が認めらない場合、変更前の支給額との差額が損金不算入となってしまうので、役員報酬改定時には前もって税理士に相談を行うようにしましょう。
役員報酬の決定にあたってはお手盛りによる弊害を防止するため、定款記載または株主総会決議が必要です(会社法361条)。通常役員報酬を定款で定めてしまうと、変更のための手続きが煩雑となってしまうことから、役員報酬の定款への記載は通常行いません。そのため、単年度ごとに株主総会で支給額を決定する方法のほか、株主総会で支給限度額を決定し取締役会決議(監査役の場合は監査役の協議)で支給額を決定する方法(総額枠方式)が実務では採用されることが多いです。
役員報酬の金額は一定の制限が設けられているので、自社の都合だけで自由に決めることはできません。役員の報酬が適正であるかどうかは、まずは株主総会でチェックを受ける必要があります。株主総会でチェックを受けていない役員報酬は、損金不算入となる可能性があるので、税金を多額に納めなければならなくなる可能性があるので注意が必要です。役員報酬は金額が大きくなるため、取り扱いを間違えて損金算入できない場合、納税が想定外に多額になることになり、資金繰りへの影響も無視できません。役員報酬の水準が高すぎるか否かは、他の企業の役員報酬を参考に決める必要があります。あまりに高すぎる役員報酬は税務署からチェックされやすくなるので注意が必要です。