海外子会社を持つ企業の経理部に勤務されている方であれば、海外子会社の期末近くになって「この会社の利益率が想定よりもかなり高くなりそうだけど税務上は大丈夫?」と上司や営業部門の同僚に質問された経験もあるのではないでしょうか。
期末が迫っていることを考えると、以後の取引価格を変えても当期の財務結果に及ぼすことができる影響は限定的であるため、当期の財務結果を独立企業間レンジに収めるために価格調整金を用いた事後的な調整(これを「移転価格の調整」と定義します)を行う場合があります。
今回は、移転価格の調整方法と留意点について解説していきます。
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国外関連者との取引(以下、「国外関連取引」)の価格は、企業が作成する移転価格ポリシーに基づいて設定します。移転価格算定方法として取引単位営業利益法(以下、「TNMM」)を採用した場合は、検証対象取引における検証対象法人の実績利益率が移転価格ポリシーで設定した独立企業間価格のレンジ内に収まるように取引価格をコントロールしますが、たとえば次のような理由でレンジ内に実績が収まらなくなることもあります。
① 国外関連取引の総量が移転価格ポリシーでの前提よりも極端に減ったこと。この場合、固定費の負担が相対的に重くなり、検証対象取引における検証対象法人の実績利益率がレンジの下限を下回ることが想定されます
② 重要な競合他社が市場から撤退したこと。この場合、第三者への販売価格が上昇することが想定されるため、検証対象取引における検証対象法人の実績利益率がレンジの上限を上回ることが想定されます
検証対象取引における検証対象法人の実績利益率が移転価格ポリシーで設定したレンジ内に収まらない場合は、その国外関連取引に係る価格が独立企業間価格から乖離していることとなるため、日本あるいは国外関連者が居住者である国の移転価格税制上問題となりえます。そこで、その乖離を無くすため、移転価格の調整が必要となります。
移転価格の調整が必要となる場合の具体例について、上記①のケースを元に説明します。
日本法人P社とベトナム法人S社の間では、単一部品の売買取引のみが行われているとします。この取引を検証対象取引、機能リスクが少ないS社を検証対象法人として、TNMMの適用を前提としたベンチマーク分析を行った結果、S社のあるべき利益率(ここでは売上高営業利益率とします)は3%から5%であると算定されました。
期初の計画では、年間の検証対象取引の取引高を1,000個と見込み、S社の売上を1,000個×@40の40,000、固定費を3,500としていました。この場合、たとえばS社の仕入単価が@35であれば、売上高が40,000、営業利益が1,500で売上高営業利益率は3.75%となり、あるべき利益率レンジ内に収まるため、P社とS社の取引価格を@35と設定しました。
ところが、期末1ヶ月前になって、今年度の検証対象取引の取引高が計画よりも極端に少なくなることが判明しました。年間の検証対象取引の取引高は700個となる見込みであり、このままだとS社の売上高営業利益率は0%となります。(売上高28,000、仕入高24,500、固定費3,500、営業利益0)これではS社の実績があるべき利益率レンジの下限値を下回るため、S社の居住国で移転価格税制上の問題が生じえます。
この場合、たとえば事後的に仕入高を23,660に修正すればS社の営業利益率は3%となるため、S社の仕入高を840だけ減らす(P社の売上高も同額減らす)調整を行うことが考えられます。
移転価格の調整は、合理的な理由に基づく必要があります。「合理的な理由」の有無について、「移転価格事務運営要領の制定について(事務運営指針)」3-21によれば、価格調整金の支払等に係る理由、事前の取決めの内容、算定の方法及び計算根拠、当該支払等を決定した日、当該支払等をした日等を総合的に勘案して検討するとしています。
「移転価格税制の適用にあたっての参考事例集」の事例29によれば、
①非関連者間取引において同様の価格調整金等の支払いが行われる場合
②法人と国外関連者との事前の取決めに基づいて価格調整金等の支払いが行われる場合
があり、この事例に即せば合理的な理由に基づく取引価格の修正に該当するとしています。②の場合は事前の取決めが重要となる点、ご留意ください。
なお、価格調整金の支払いが合理的な理由に基づくものではないとされた場合は、税務調査において、措置法66条の4第3項の規定(すなわち国外関連者への寄附金の損金不算入)の適用有無を検討するとされているので(事務運営指針3-21)、この点も合わせてご留意ください。
また、ここで価格調整金の「支払」のみが問題とされていて「受取」が問題とされていないのは、「支払」は日本法人の法人税所得が減少する一方で、「受取」は逆に法人税所得が増加するためです。
日本の税務当局からすれば、法人税所得の減少は「合理的な理由」というハードルを設けて制限したい一方、法人税所得の増加を制限する必要はないので、こういった規定ぶりとなっています。
もっとも、相手国でも同様の規定がある場合は、日本から見た「支払」と「受取」が逆転するので、結局のところ価格調整金のやり取りをするには「合理的な理由」が必要であるということは変わりません。
移転価格の調整は関税にも影響を与えます。たとえば、米国親法人(A社)の100%子会社である日本法人(B社)は、A社から輸入した家具を日本国内で販売する事業のみを行う会社だとします。(A社とB社の取引は家具の売買のみ)
ここで、B社の実績利益率が計画よりも高くなったことを理由に、A社とB社の事前の取引めに基づいて、B社からA社へ価格調整金の支払を行ったとします。
この場合、実質的にB社の家具輸入価格の上方修正となるため、日本の税関がB社へ輸入申告価格の修正を行うよう求めてくる可能性がある点も、移転価格の調整を行う際の留意点の一つです。
移転価格の調整については、支払った価格調整金の損金算入が否認されることのないよう、日本または当該居住地国の法令等を入念に検討することが必要です。合わせて、関税の議論も生じる可能性があるため、経理部だけではなく輸出入を管理する部署も検討に加わることを推奨します。なお、記載の情報は2020年10月時点の法令等に基づきます。