ジョブローテーション制度は人材育成などのために多くの企業が実施してきましたが、近年では時代遅れという意見もあり廃止する企業も見られます。今回は、社内の多様な部署間の異動で従業員に様々な経験を積ませることに対する目的やメリット・デメリット、時代遅れと言われる理由などについて詳しく解説をしていきます。
ジョブローテーションとは、様々な部署に社員を移動させて、広い範囲にわたって業務知識を学ばせる制度のことを指しています。
例えば、入社後の最初の3年間は営業部を経験し、その次の3年間は経理、その次は人事部を3年間経験するといったように、異なる部署を計画的に経験させる制度です。
ジョブローテーションを活用している日本企業は多数ありますが、メリットも多い反面、適切な導入をできていないとリスクを抱えることもありますので導入には注意が必要です。
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日本では、終身雇用を前提とした新卒一括採用を行うのが一般的です。その場合、大学の学部や学んできた内容と関わりの無い仕事に就業するケースも多いため、企業はジョブローテーションを通じて本人の適性を見極めるのです。
実際に働いてもらわないと適性を判断しにくいというケースは少なくありません。社員の適性を知るために、定期的な異動をさせて、幅広い仕事を経験させることで社員の適性把握を戦略的に行なっています。
組織は同じメンバーだけで業務を行うと、効率性が悪くなるという現象が起きがちです。マンネリ化が生じてしまい、生産性も上がらずモチベーションの低下にもつながります。そのため、ジョブローテーションを通じて、定期的に異動させることで現場や組織の活性化を図ることが目的として挙げられます。
近年、ジョブローテーションは時代遅れという意見も増えており、実際に廃止する企業も増加しています。その理由としては主に下記2点が挙げられます。
現在、日本のビジネスシーンにおいて企業の在り方や人材そのものがものすごい速度で変化しています。
従来は、終身雇用が前提の新卒一括採用であり、転職は想定されていませんでした。そのため、スキルや専門性が不足している新入社員に対して、効率的な教育手段としてジョブローテーションが導入されており、またジョブローテーションにより業務経験が出世の条件になっている企業がほとんどでした。
しかし、現在では転職により、新卒で入社してから長く働き続ける人が減るなど、働き方が多様化しておりジョブローテーションがマッチしないケースが増加しています。また、ジョブローテーションを終える前に社員が退職するリスクも高く、費用対効果に合わないということで時代遅れと言われています。
ジョブローテーションは、社員の適性判断には有効な手段ですが、逆に短期間で複数の部署を経験するため、特定の業務を深堀しにくい傾向があります。そのため、スペシャリストの育成には合わないといえるでしょう。実際にこのジョブローテーションとは、日本の従来の雇用体系に合わせた制度であり、海外ではスペシャリストの育成のため、適性に合わせたジョブ型雇用を行っている企業がほとんどです。
なお、近年では日本においても転職市場では、同じ仕事を長く続けている人の方が、実務の習熟が高く、専門性は高いと評価されます。
近年は日本でもジョブ型雇用を行う企業やスペシャリストとしての社員を重宝する企業も多くなり、ジョブローテーションを廃止し始めた企業も見られます。
ここからは、実際にジョブローテーションは時代遅れなのかということについて、導入率や現場の声などをもとに実態を解説していきます。
では、実際にジョブローテーションを導入している企業はどれくらいあるのでしょうか。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「企業における転勤の実態に関する調査」によると、ジョブローテーションを導入している企業は53.1%という結果になりました。また正社員の人数が多いほど導入割合が高いため、企業規模が大きいほど導入しているといえるでしょう。
また、1つの部署に所属する期間としては3年が最も多かったです。
日本の企業の中でジョブローテーションを導入している事例は多数あります。
ヤマト運輸株式会社では、主に新入社員を対象に、入社してからの2年間は集配や配送作業、営業まで様々な現場業務を体験させるジョブローテーションが導入されています。現場での経験が本配属後の部署業務に活かせることで、キャリアを順調に形成していくことが可能です。
また、富士フィルムホールディングス株式会社でも、若手社員の育成や組織の活性化を目的としてジョブローテーションが導入されています。
〈参考記事〉
ここでは、実際にジョブローテーションを経験した方の声をご紹介します。
このように短期間で様々な経験を積むことができることに対するプラスの意見も多いものの、以下のような口コミも寄せられていました。
では、上述の現場の声を基に、ここからはジョブローテーションのメリットとデメリットを見ていきましょう。
入社時に、自分が何の仕事をしたいのかが明確に定まっている人はそこまで多くはないのではないでしょうか。様々な部署を経験できるというのは、やりたいことを見つけたい人にとって魅力的に映ります。その結果、人材の離職率が減る効果を期待できます。
部署で働く従業員が同一のまま変化がない場合は、業務が属人的になりやすいです。そのため、突然の休職や退職に対応できないというケースも多くありますが、ジョブローテーションを通じて多くの社員が幅広い業務をこなせるようになれば、業務の属人化を防ぐことができます。
また人材を流動的に配置することで、その都度業務の改善に新しい風を送り込むことができます。新しい人材が行き交う部署では、人材育成を常に見直していることや、経験のない人がすぐに戦力となれるように標準化を実施します。
幹部候補の社員には、幅広い部署への理解や現場での経験が求められます。複数の部署で経験を積むことで幹部候補としての適性があるのかを見極めることもできます。
ジョブローテーションを行なって配置転換することで、人材に流動性が生まれて新たなアイデアが生まれやすくなります。また、集まるメンバーもジョブローテーションを経験していれば、より多様な視点から議論を活性化させることができます。また、単独部署で働いている時には出会えなかったメンバーに出会えることで、社員間の交流が活発化し社内の風通しがよくなることが期待できるでしょう。
従業員の教育を同じ部署で長期間おこなう場合と比べると、ジョブローテーションの場合は人材の育成コストが高くなります。また、ジョブローテーションは終身雇用を前提とした仕組みなので、離職者がいればジョブローテーションによる育成コストの損失は通常の場合より大きくなります。
ジョブローテーションをする中で、数年ごとに大きく変わるお仕事を、その都度新しく覚えて慣れて…というのは大変ですよね。
営業→経理→新規事業開発、と数年ごとに仕事が変化すると、社歴が10年目だとしても新規事業開発は2年目ということも珍しくありません。ジョブローテーションのない会社で新卒1年目から10年間新規事業開発に携わってきた人と比べると、実に8年の差があります。ジョブローテーションを導入することで、ジェネラリストは育ちやすくなり、スペシャリストは育ち辛い環境を作ることにつながります。
また、全く関連性のない違う部署に異動してしまうと、今までに培ったスキルや経験がリセットされてしまう恐れもあります。
さらに、時期が来ると異動をしなければいけないため、所属している部署にて重要な仕事を任されないという場合も少なくないため、一貫したキャリア形成をしたい人には不向きと言えるでしょう。
現在、配属されている部署で実績を積み、これからもっと頑張ろうと思った矢先に異動命令が出ては、せっかくのモチベーションが下がってしまいます。
まるで会社に邪魔されてしまったように感じ、会社に対して愛着を感じなくなってしまい、退職を考えてしまう人も中にはいるかもしれません。
特に専門性の高いスキルを身につけてスペシャリストになろうと考えていた人の場合、その可能性は高いでしょう。
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上述の通り、ジョブローテーションは変化するビジネスシーンに対応しきれていないなどの理由で時代遅れといわれており、実際に企業内でもそのあり方が見直され廃止する企業も増えています。
今後もジョブローテーションを廃止する動きはますます顕著になることが予想されます。
また、近年ではジョブローテーション以外の人事制度も積極的に導入されています。例えば社員が自ら志願して異動する社内公募制度や社内FA制度が挙げられます。今後はジョブローテーションの代わりにこれらの制度を活用する企業がさらに増えていくでしょう。
廃止の企業も増えていますが、ジョブローテーションには上述のようなメリットもあります。導入にあたっては、メリットとデメリットをそれぞれ正しく理解したうえで、企業の組織文化や目的にあったやり方で検討することが重要です。
ここからは、ジョブローテーションに向く企業と向かない企業の特徴についてみていきましょう。
ジョブローテーションに向いている企業の特徴として以下の2つが挙げられます。
企業の規模が大きく、人材育成に時間やコストがかかる場合にはジョブローテーションは効果的です。
また部署間の連携が求められるような企業文化がある場合には、ジョブローテーションを通じて社内で人脈が生まれ、コミュニケーションも活発になるため、連携強化などの効果が得やすいです。
ジョブローテーションに向かない企業の特徴としては以下の2つが挙げられます。
各部署で行う業務の専門性が高い場合、むしろ同じ業務で経験を積むことが必要なためジョブローテーションには向いていないと言えるでしょう。経験を蓄積するためにも、特定分野での継続的なトレーニングやキャリアパスが望ましいでしょう。
また、中長期的な事業が多い企業の場合にも、業務の引継ぎやクライアントとの信頼関係という点からジョブローテーションには向かないでしょう。
実際にジョブローテーションを導入するのであれば、その効果を正しく発揮させるためにも以下のポイントを押さえることが重要です。
なぜジョブローテーションを導入するのか、また将来のキャリアにどう役に立つのかを明確にして、従業員に共有することが必要です。ジョブローテーションにより一時的に生産性が低下した場合にも、従業員に有益な制度であるという理解が得られていれば、モチベーションの低下を軽減できるでしょう。
ジョブローテーションを成功させるには事前の計画と準備が不可欠です。異動することで部門間の人材のバラツキは発生しないか、誰をどの部門に異動させるのか、異動する従業員の選定は公正におこなわれているか、といったことに対しても事前に検討を重ね、適切な機関と配置の設定、受け入れ先の体制作りが重要です。
また企業側の意向だけでなく、従業員が希望するキャリア形成についても考慮して検討することが重要です。事前に従業員のやりたいことや理想の働き方を把握し、希望の配属先を決めることでジョブローテーションによる離職のリスクを軽減できるでしょう。
ジョブローテーションには従業員側にもメリットがある制度ですが、スペシャリストになることには向かず、また新たな環境に慣れるまで時間がかかるなどの負担も挙げられます。
時には、ジョブローテーションが精神的に負担になる場合や自分のキャリア形成に合わない場合もあるでしょう。
ここでは、企業から自分が納得のいかないジョブローテーションを切り出された場合、断る方法を解説していきます。
ジョブローテーションを断りたいときは、まずは直属の上司に相談をしてみましょう。上司によっては親身になって相談に乗ってくれて、さらに上の人事部門に話を通してくれるかもしれません。
ただ、嫌だからという理由ではなく、明確な理由を伝えて話すことがポイントです。
直属の上司に相談しても上手くいかないときは、思い切って人事担当者に相談してみましょう。
ただし、今後の出世に影響がある場合もありますから、ジョブローテーションを断りたい理由を相手が納得行くようにきちんと説明しなくては上手く行きません。
今回は「ジョブローテーション」について、時代遅れと言われる背景や実情、また廃止する企業が増えている理由を詳しく解説をしていきました。
ジョブローテーションは一見、社員のためになりそうな制度ですが、近年ではワークライフバランスを重視する若い社員が多くなり、ただ仕事をして給料だけもらえればいいという時代ではありません。
社員が働いていくうえで生きがいも重ねられる企業こそが、これからの時代に活躍できる優良企業となるでしょう。
企業がジョブローテーションを導入する際には、自社の会社理念や方針に合っているかどうかの判断が必要となります。