就職とは、一人の人間にとって人生を左右する大きな節目のイベントです。求職者は就きたい職業を目標に能力や意欲を磨いて採用面接に臨みます。その面接で家族や出身と言った本人がコントロールできないことを聞かれ、本人の資質以外のことで選考されるとしたら、どんな思いになるでしょう。
今回は、求人をするときや面接や選考のときに知っておかなければならない採用コンプライアンスについて説明します。
厚生労働省が出している「公正な採用選考をめざして」というパンフレットはご存じでしょうか。求人を行う事業主に向けて毎年発行される啓発パンフレットです。
厚生労働省は、パンフレットを発行するという方法で、応募者の基本的人権を尊重した公正な採用選考を実施するよう事業主に訴えかけているのです。
公正な採用基準の基本的な考え方は、下記の2点が挙げられます
1.応募者の基本的人権を尊重すること
2.応募者の適正・能力のみを基準として行うこと
参照:公正な採用選考について|厚生労働省
参照:公正な採用選考をめざして|厚生労働省
具体的にどのような質問や選考基準がいけないのでしょうか。面接時にしてはいけない質問の例を5つ挙げてみます。
「本籍」や「出身地」は本人の適正や能力には全く関係がありません。本籍や出身地の質問は、出身地による差別や偏見を引き起こしかねない、NG質問の筆頭です。
気軽に口にした質問が、差別や偏見に対する不安を引き起こす可能性があると十分に理解しておくことが必要です。
「家族」に関する質問もするべきではありません。家族と本人とは別の人格です。本人の能力や適性は家族と切り離して評価しなければなりません。面接の場を和ませるなどの目的で家族構成に触れる質問をしてしまうことがあるかもしれません。
しかし、質問を受けた求職者は、警戒や動揺を感じます。自分の力ではどうしようもない親の職業で選考されるように感じてしますのです。ついつい聞いてしまいがちなことですので、本人に責任のない家族については決して触れない、と面接に関わる人全員が努めて意識しておかないといけないでしょう。
「住宅」や「生活環境」を知ることで、本人や家族の生活水準を推測してしまいます。推測したことが評価に影響する恐れがありますので、生活水準を探る意図がなかったとしてもこのような質問はしてはいけません。
「思想・信条」は自由であるべきものです。思想・信条の自由は憲法でも保障されています。思想や信条に関わることを採用の選考に持ち込んではなりません。同様の理由で「あなたの尊敬する人を教えてください」という質問もしてはいけないのです。
思想・信条で選考するつもりはなかったとしても、面接で聞いてしまった答えは選考に何らかの影響を及ぼします。
「支持政党はどこですか」「信仰する宗教は何ですか」という直接的な質問ではなくても思想・信条に関わる質問があることを理解しておきましょう。
男女雇用機会均等法では、労働者の募集及び採用に係る性別を理由とする差別を禁止し、男女均等な取扱いを求めています。男性には聞かないような質問を女性にだけ聞くというのは、男女雇用機会均等法に反します。性別も本人の能力には関係のないものだという意識が必要です。
企業が採用にあたって、応募者の生活状況や家族の状況を調査することは本人の能力や適性以外で評価をしようとする行為です。調査で本人の責任でないことを知り、無責任な風評などの情報を得ると差別につながる恐れがあります。
また、業務との関係のない項目が記載された健康診断書の提出は求めないようにしましょう。運転業務の求人で安全運転に支障をきたすような発作の有無の確認など、健康状態の把握が必要なことがあるかもしれません。その場合でも、本人に必要性を説明して健康診断を受診してもらいましょう。
##採用コンプライアンスと面接の実態
ハローワークは、2018年度に938件の「就職差別につながるおそれがある事象」を把握しています。そのうち「家族」に関することが42.9%を占めています。
企業の人事担当者は公正な採用の基準を理解していても、面接を行う役員や社員にまで周知されていないことがあるかもしれません。
面接で、つい聞いてしまった「家族」に関する質問が求職者を不安にさせ、公平な選考ができずに就職差別が生まれてしまうかもしれません。
「面接のNG質問5つ」は、憲法に保障された基本的人権を侵す恐れがある質問です。意図がなかったとしても結果として差別を招いてしまうことがあります。人事の担当者だけでなく面接官など選考に関わる全ての人が採用コンプライアンスを理解しておかなければならないのです。
「組織に所属する多様な人材が持つ様々な持ち味を大事にして活動に活かすこと」をダイバーシティ・マネジメントといいます。
様々な持ち味とは、性別や国籍、障害の有無などの個人の属性の違いと文化や世代、宗教、社会的地位などの様々な違いを意味しており、多様性やダイバーシティという呼び方をされています。
偏見や固定観念が邪魔をして、様々な持ち味がある個人の能力が発揮できないことは組織にとっても大きな損失です。多様な人材を採用することはダイバーシティ・マネジメントの第一歩です。採用コンプライアンスのベースにある基本的人権の尊重という考え方を理解し、個人が能力を発揮し成長する組織のマネジメントを始めましょう。