長時間労働をなくすことは政府が進める働き方改革の大きな目標のひとつです。しかし、労働時間の短縮を強引に進めてしまうと時短ハラスメント、略してジタハラと呼ばれる問題が起こってしまうのです。今回は、働き方改革の弊害ともいわれる時短ハラスメント、その事例や対策について社会保険労務士が解説していきます。
2018年のユーキャン新語・流行語大賞。ノミネートされた30の言葉の一つが時短ハラスメント・ジタハラでした。当時はあまり耳なじみがない言葉で、セクハラ、パワハラに続き新しいハラスメントが発見されたと思ったものでした。
この背景には一つの裁判がありました。2018年の1月に時短ハラスメントの特徴ともいうべき一つの裁判が和解という決着を迎えていたのです。事例1でその裁判を紹介します。
裁判事例を振り返りましょう。新規オープンした店舗を任された一人の店長、開店準備で残業が続きます。さらに部下の残業時間を減らさねばならないと仕事を引き受け、持ち帰り残業をすることが増えました。店長はうつ病を発症し解雇されてしまいます。さらに、解雇の無効を求める労働審判中に店長は自殺してしまったのです。
労働基準監督署は自殺の原因は過大な仕事量だと認め、自殺を労災認定しています。ご遺族が損害賠償などを求めた裁判では、会社側が「ご本人、ご家族に深い悲しみと精神的苦痛を負わせてしまった」と謝罪をしています。
時短ハラスメントが起こってしまいそうな環境の例を見てみましょう。
とある組織の中枢を担う部署、普段から仕事量が多い上に大きなプロジェクトが重なり全員が疲労困憊していました。この部署は残業時間の長さが常に社内ワースト3位内、課長は人事部門から何度も残業時間を減らすように言われています。
ようやくプロジェクトが一段落、課長の号令でメンバー全員が定時で仕事を切り上げることにしました。帰り支度をしているところに偶然、経営トップが立ち寄りました。そのときのトップの発言です。「定時に帰れるのは、仕事が足りない証拠だな」残業を減らせばよいのか、減らしてはいけないのか、管理職の悩みはさらに深くなりました。
時短ハラスメントの事例には次の3つのパターンが見られます。
・残業を減らすよう指示されるが仕事量が多くこなしきれない
・上司が残業を許可してくれないので持ち帰り仕事やサービス残業が増える
・部下の残業時間を増やせないために管理職が仕事を抱えてしまう
これらのことが起こると長時間労働による身体の疲労に加え、社員は精神的にも疲労感がたまります。会社側から見れば、正確な勤務時間を把握できず安全衛生面での対策ができないという結果を招きます。
また、超過勤務手当の支給対象とならない管理職層の負担が増えてしまうのも時短ハラスメントの特徴の一つです。
なぜ時短ハラスメントが起こってしまうのでしょうか。原因の一つに多様な働き方を可能にするとして政府が進める働き方改革があげられます。労働基準法が改正され、2019年4月からは罰則付きとなる残業時間の上限規制が設けられました。
こうした流れから会社は社員の残業時間を減らそうとしてるのです。
時短ハラスメントの原因は働き方改革であると言ってよいのでしょうか。
働き方改革とは、人口減少による労働力不足を補うことや多様な人材が多様な働き方が選択できることを目的とした政策です。限られた人数で会社の仕事を回してくためには、仕事のやり方そのものを変えていかなければならないのです。
業務量を減らす手段や業務そのものの見直しを行われないまま、社員の残業時間を減らそうとするために起こる残念な働き方改革が時短ハラスメントを招くと言えるでしょう。
時短ハラスメントは、パワーハラスメントのように社員と社員の関わり方や職場環境の改善では解決できない問題です。
まずは、会社全体の業務内容や業務量を把握することが重要です。そして組織内の意思決定手段や一つ一つの事務フローを見直しましょう。重複している業務や無駄な業務があればなくす取組みを始めます。システムや設備で改善可能なものがあれば予算化し導入を検討します。人事の制度で解決できる課題があるかもしれません。このような形で働き方改革を進めることが時短ハラスメントの対策となるのです。
これまでの仕事のやり方を見直し仕事量を減らす取組は大変困難なものです。しかし、事例1のように時短ハラスメントは社員の健康や命を犠牲にする可能性がある大きな問題です。また、事例2のように現場と経営層のとらえ方がずれてしまっては対策はうまくいきません。組織全体で取り組むことを考えましょう。
厚生労働省働き方改革特設サイトでは対策に使える助成金の情報や中小企業の取組事例などが紹介されています。
都道府県労働局には働き方改革推進支援センターが設置され、主に中小企業や小規模事業者の相談に応じています。自社内での取組が難しい場合は、身近な労務の専門家である社会保険労務士に相談してもよいでしょう。