中小企業の事業承継の1手法として株式譲渡方式を中心としたM&Aがあります。M&Aではターゲット企業の株式を取得するという意思決定に至るまでに財務DD、法務DDといった調査が行われるのが一般的です。税務DDもそんな調査手続きの1つですが、今回は中小企業のM&Aにおける税務DDの重要性とチェックポイントをご紹介します。
はじめに、M&AにおいてなぜDD(デューデリジェンス)を行う必要があるのか、その必要性について簡単に説明します。
一般的にM&Aでは、売手の方が買手よりもターゲット企業について多くの情報を保有しており、いわゆる情報の非対称性が存在しています。具体的に売主のイメージとしては、中小企業のM&Aではターゲット企業のオーナー株主兼社長の場合が多いです。
中小企業のM&Aとは言っても株式譲渡の対価として億単位の金銭が動くので、買手側としてもターゲット企業の株式を取得するという意思決定に至るまでに多くの調査を実施してターゲット企業の事業情報を得る必要があります。
そして、買手がターゲット企業の事業情報を得るために実施する調査手続きがDD(デューデリジェンス)になります。
DDといっても多くの種類があります。代表的なDDとしては、ターゲット企業の財務会計情報を得るために行う財務DD及び法務関連情報を得るために行う法務DDがあります。財務DDは監査法人に、法務DDは弁護士に依頼して行います。
税務DDは財務DDとあわせて実施されるケースが多いです。買手から税務DDを特定の税理士法人(又は税理士)に依頼する場合は別ですが、通常、財務DDを行う監査法人系列又は監査法人とつながりのある税理士法人(又は税理士)が税務DDを行うケースが多いと思います。財務DDで調査する会計に関する事項と税務DDで調査する税務に関する事項は相互に密接に関連するものですので、財務DDを行う監査法人と連携の取りやすい系列の税理士法人が行うことが多いのだと思われます。
中小企業の場合、会計も税務も顧問税理士に丸投げとなっているケースが多く、会計も税務中心で行われていることが多いです。
会社と顧問税理士が日頃から十分に連携が取れていない場合や連携が不十分な場合には税務リスクが高まります。
それでも定期的に税務調査が入っているような中小企業の場合には、税務調査で税務リスクが炙り出されますが、税務調査も税務調査官の人材リソースに限界がありますので、すべての中小企業に対してまんべんなく実施されてはいません。
したがって、顧問税理士がいない又はいても十分な連携が取れていない中小企業や利益が出ているにもかかわらず何年も税務調査が入っていない中小企業は潜在的な税務リスクが存在する可能性が高いといえます。
買手としては、M&Aの後に税務調査が入って予想もしていなかった指摘を受け、多額の追加納税が発生するような税務リスクは避けたいでしょうし、そうした税務リスクがあることを事前に知った上で株式買取価格交渉の材料にしたいでしょうから、中小企業の場合には税務DDの重要性が特に高いといえます。
限られた調査期間で行われる税務DDですが、ターゲット企業の業種・規模等により様々な事項がチェックされますが、特にターゲット企業が中小企業の場合に税務DDでチェックする代表的な項目に以下ご紹介します。
法人税、地方税、消費税、源泉所得税等の税金について、過去の納付書控え等を確認し、納付漏れや滞納が無いかチェックします。特に、納付漏れや滞納税額について会計上負債として認識されていない場合(簿外負債)、M&A後に買手が予想もしていない納税によるキャッシュアウトが生じるため要注意です。
直近数年分(最低3期分程度)の税務申告書(法人税、地方税、消費税)を入手し、申告書上重大な誤りがないかチェックします。特に、顧問税理士がおらず自社で申告書を作成している場合や顧問税理士がいても十分な連携が取れていない場合には申告書を見ただけで誤りが見つかることが多いです。申告書上の誤りにも税額に影響するものと税額に影響しないものがありますが、特に税務DDでは税額に影響する申告誤りの抽出が求められます。
日本の中小企業のほとんどが同族会社であり、オーナー株主が社長であるケースが多いです。特に同族株主と会社との取引では、第三者と会社との取引では通常考えられないような取引条件で取引がなされることが多く、そこに税務リスクが存在しますので、税務DDでもチェックします。同族株主とターゲット企業との間での無償の取引や著しく高い又は低い取引価格で行われている取引は要注意です。
チェックの視点は上記同族株主との取引と同じです。例えば、ターゲット企業と子会社との取引では第三者との取引では通常考えられないような取引条件で取引がなされることが多く、そこに税務リスクが存在しますので、税務DDでもチェックします。グループ会社とターゲット企業との間での無償の取引や著しく高い又は低い取引価格で行われている取引は要注意です。
ターゲット企業にこれまで税務調査が入ったことがある場合には、そこでどのような指摘を受けたのか等を社長や顧問税理士にヒアリングします。税務調査で指摘された事項が改善されている場合はまだよいですが、いまだ改善されていない場合にはM&A後に税務調査が入った場合同じ指摘を受ける可能性が極めて高いため、事前に把握しておくべき税務リスクの中でも重要性の高い事項の1つになります。
これまでの私の実務経験上、ターゲット企業の規模が小さい場合等にはDD自体を省略するような場合もあるようですが、個人的にはどんなに小さい会社のM&Aでも時間とコストの許す範囲でできる限りの調査を実施された方がよいと思います。