AIが人間の仕事を奪うと話題になりましたが、社会保険労務士業界でも「社労士業務の多くはいずれAIに置き換えられる。生き残りの鍵はコンサルティング」という声も聞かれます。
そこで今回は、社会保険労務士のコンサルティング業務についてニーズや業務内容、業務拡大のポイントを解説します。
働き方の多様化に伴い人事・労務問題も多様化・複雑化し、社会保険労務士のコンサルティングへのニーズは高まっています。
全国社会保険労務士会連合会の「社労士のニーズに関する企業向け調査」によれば、企業が抱える人事・労務の3大課題は次の通りです。
参考:全国社会保険労務士会連合会|社労士のニーズに関する企業向け調査結果について
企業の「優秀な人材が集まらない」「社員が定着しない」「働き方改革で残業を減らしたくても人員が足りない」という声は年々高まっており、この課題に応えることが社会保険労務士のコンサルティング業務なのです。
社会保険労務士の業務は次の4種類です。
1,2号業務は独占業務と呼ばれ社会保険労務士のみが認められた業務ですが、AIに取って代わられる代表的な業務でもあります。1,2号業務を中心にしている社会保険労務士が多いのが現状で、このままで業務を続けると市場は減少していくと予想されます。
一方、3号業務と呼ばれるコンサルティング業務は、企業が抱える人に関する課題に対し個別に解決策を見つけ出すと作業を要するものでAIに置き換えづらいものです。また人事・労務問題も多様化・複雑化に伴いコンサルティングのニーズは高まっています。
将来、1,2号業務が減少する中で、社会保険労務士が業務を拡大していく鍵は、コンサルティング業務をどう拡大していくかにあると言えるでしょう。
3号業務は社会保険労務士に限らず誰でもできる業務ですが、人事・労務に関する問題は労働保険や社会保険の諸法令と密接に関係するため、社会保険労務士が適任です。
社会保険労務士のコンサルティング業務内容は、主に「人事に関するコンサルティング」と「労務に関するコンサルティング」ですが、その他にも「助成金に対するコンサルティング」などあり種類は様々です。
人事に関するコンサルティングには次の通りです。
新規採用支援は、求人、書類選考、面接、適性検査などが対象となります。特別な知識・ノウハウのない社長が全て自分で対応しているケースも多く、社会保険労務士によるコンサルティングが求められるところです。
ただし、社会保険労務士自身が具体的なノウハウを持っていることが前提となりますので自己研鑽と経験を積む必要があります。特に求人で苦労している企業は多く、実践的な採用ノウハウがあれば、他との差別化できます。
求人や採用した人が定着するためには、人事制度や評価制度が整備されていることが強みとなります。人事制度や評価制度が適切で周知されていれば、従業員は「仕事へのやりがい」と「将来への展望」を持って働くことができ、企業利益と従業員の成長につながります。
社会保険労務士の顧客対象となる企業はおおよそ従業員100名以下のため、人事部があるところは少なく、社内に人事制度や評価制度の専門家はいないという理由から、社会保険労務士に対するニーズは大きいといえます。
事業規模が大きくなるとともに社内の人材育成が急務となりますが、中小企業では従業員の教育・訓練はOJT(業務を通じての教育・訓練)が中心で、CDP(従業員のキャリア形成を中長期的な視点で支援していく教育・訓練のしくみ)を意識した運営はできていません。
従業員の教育・訓練体制を充実することで、ビジネススキルの向上だけでなくモチベーションアップや会社への帰属意識を高める効果も期待できますので、教育・訓練についてのノウハウを持つ社会保険労務士にはビジネスチャンスとなります。
労務に関するコンサルティングには次の通りです。
働き方改革、労働者の就業意識(ライフワークバランスの重視など)の変化に対応して、従業員の労働環境を改善する必要性が高まっています。従業員が安心して安全に仕事ができるように労働時間を短縮したりや職場環境を整えるなどことは、法的・社会的要請にこたえるとともに職場の魅力を高めることにもなります。
職場や従業員の実態と労働法規との整合性を取りながら、労働環境を整えることは社会保険労務士の本業ともいえる分野です。就業規則がない企業や実態にあわない就業規則しかない企業も多いことから、社会保険労務士のコンサルティングに対するニーズはますます高まると思われます。
「安全衛生」「外国人採用」など、より専門的な知識が必要とされる分野もあります。専門知識がある社会保険労務士が少なく、特に「外国人採用」では日本で働く外国人がますます増えることが予想されることから、ニーズの強い分野といえます。
また、「外国人採用」では外国人の入国手続は行政書士が、日本で就労後の労務管理は社会保険労使が企業をサポートするという形で、行政書士と連携してコンサルティング業務を行うことが多くなります。
コンサルティング業務拡大のポイントは次の2つです。
社会保険労務士の業務は、1,2号業務が中心でコンサルティング業務の比率は高くはありません。顧問契約で労務相談を受けることもありますが、問題が起こった時に相談を受けるという形が中心で、問題が起こらない仕組みづくりなど積極的な取り組みは多くありません。
主な理由は、独占業務である1,2号業務を事業の柱としていることと、より高度な知識・経験を要するコンサルティング業務を避けてきたことです。1,2号業務の縮小が見込まれる中、業務拡大を図るには、得意分野を磨きコンサルティング能力を向上させる必要があります。
人事・労務で課題を抱える企業経営者は多くても、その解決に時間とお金をかけようとする経営者は少ないのが現状です。経営者にとっての最大の関心事は、目先の売り上げや利益、資金繰りであるケースがほとんどです。
労働力のひっ迫や労使トラブルが発生した後で慌てて対応する事後対応型になっているといっていいでしょう。業務多忙でやむなく残業が続き過労死が発生すると、大事な従業員の生命と企業の利益が損なわれます。人事・労務問題への対応は、リスクを事前に察知しそれを防ぐ未然予防の考え方が必要とされます。
社会保険労務士は、「リスクが顕在化した後のコスト」を支払うよりも「リスクを未然予防するコスト」をかけることが、企業と従業員のメリットになることを経営者に理解してもらうことで、コンサルティング業務の価値を高めることが業未拡大のポイントとなります
人事・労務問題が多様化・複雑化する中、社会保険労務士のコンサルティングへのニーズは高まっています。主なコンサルティング内容は人事・労務に関することですが、相談内容に応じた知識・ノウハウが必要であるため、自己研鑽と経験を重ねることが重要です。
社会保険労務士がコンサルティング業務を拡大するには、社会保険労務士自身のスキルアップと、企業経営者に人事・労務コンサルティングの重要性を理解してもらうことがポイントです。