この記事では、簿記の考え方として挙げられる工業簿記と商業簿記の違いについて触れつつ、特に工業簿記について、どんな部分が実務に活かせるのかについてご紹介していきます。商業簿記と工業簿記、それぞれの簿記の考え方は経理・会計関連の資格として代表的な日商簿記にも出題されますので、既に資格を持っている方、現在勉強されているという方には馴染み深いかと思います。特に、工業簿記は、日商簿記2級で出てくる考え方で、理解するのに苦戦された方もいるかもしれませんが、一方でメーカーの製造部門でないと実務では使わないと思っていらっしゃるのではないでしょうか。このように、経理部の日常業務と関連性が薄いように考えられている工業簿記について、本当は経理実務に役立てることができるのか、工業簿記の具体的な活用例を見ていきたいと思います。
それでは、早速活用例を見ていきましょう!といきたいところですが、工業簿記の知識が実務に活きるかどうかを知るためには、そもそも、経理部が日々どのような役割で、どのような業務を行っているのかをおさえておく必要があります。
では、経理部員は日々、何を目的に業務を行っているのでしょうか。主な経理部の業務の役割は3つあります。まず、会計仕訳の計上や資金の払い出しを正確に行うための経理業務、次に、社内外に報告する決算書を作成するための決算業務、そして、支出の状況を把握して無駄なコストを削減するための経費の管理業務です。これらの経理部の役割を踏まえた上で、以下の内容を読み進めてみてください。
まず、商業簿記と工業簿記の定義について比較してみます。
商業簿記は、日々の会計仕訳の計上に関する会計処理と決算修正仕訳を作成することを通じて、対外報告、社内報告用の決算書類を作成するための簿記です。
将来の売掛金の貸し倒れを想定して計上する貸倒引当金や、固定資産の減価償却費の計上などは経理業務の中で馴染みあるものであると思います。
一方、工業簿記は、製品の原価算定や製品の採算性分析のための簿記です。これには、原材料、労務費及び製造間接費を集計して単位当たり製品原価を計算することや、実際の発生原価と予定原価(標準原価)との差異に関する分析も含みます。工業簿記には個別原価計算、総合原価計算、部門別原価計算、標準原価計算などがあり、これらは製品の原価算定のために用いられ、製品の採算性分析のための工業簿記として直接原価計算やCVP分析などがあります。
工業簿記の知識は製造部門で活用されるのが主ですが、経理部の経理業務、決算業務や経費の管理業務でも活用することができます。経費の変動要因の調査をすることや、経費削減のための根拠データ収集の面などに利用することができ、経理部の広範な業務に役立てられることができると考えます。
工業簿記の知識をどのように経理実務に活用していけるのか、具体的な活用例を見ていきたいと思います。
ようやく本題です。皆さんが勉強された、もしくは勉強されている工業簿記はどのようなところで実務に活かせるのでしょうか。
私が考える工業簿記の活用例は以下の3つです。
第一の活用例は、標準原価計算を用いることを通じて、経費の予算比変動要因について詳細に分析できる点です。
標準原価計算とは、製造原価の原価差異の分析をするための原価計算のことです。原価の分析にあたり、経費を原材料費、労務費、製造間接費に区分し、実際原価と予定原価(標準原価)の差異の内訳を把握します。原価差異が発生する主な理由は、工場の操業度が未達のため製品単位当たり原価が増加することや、労務費が想定以上に発生することにより原価が増加することが挙げられます。実績に発生した経費と予算経費との差異分析を行うことを通じて、なぜ無駄な費用が発生したのか、その発生要因を分解し、有用な情報を経営層に報告することができます。
第二の活用例は、直接原価計算やCPV(損益分岐点)分析を用いることを通じて、経費削減に役立てることができる点が挙げられます。
直接原価計算とは、製造原価の内訳について、製造数量に連動して増減する変動費と、製造数量に連動せず一定発生する固定費の2つに分解して製造原価を計算する手法です。また、CVP分析とは、製品の販売数量に応じて会社の損益分岐点を計算する手法です。変動費の具体例は代理店に支払う代理店報酬などがあり、固定費の具体例は設備投資にかかる減価償却費などです。
例えば、営業好調により計画対比で実績の売上が増加するとき、経費の内訳に固定費が多い場合は、売上増加に比べて費用の増加分は少なく、営業利益は多く発生します。一方、経費の内訳に変動費が多いと、売上に連動して変動費も増加するため、利ザヤは固定費が多い場合に比べて少なくなる傾向になります。
標準原価計算と組み合わせた活用例もあります。原材料の仕入で多額に原価差異(不利差異=想定以上に原価が発生してしまい利幅が減ること)が発生している場合は、市況の変動に左右されないようにするために、長期的に価格が一定の原材料仕入先に変更することを検討できます。また、最適な操業度に見合った電気料金プランの見直しを行うことで電気料金を削減することを経営層に提言することもできます。
決算業務に関する活用例で言えば、試算表の増減分析を行う際、経費の変動費率が高いにもかかわらず売上に連動して費用が増加していない場合は、重要な決算上の仕訳を漏らしている可能性があることも発見できます。
第三の活用例は、部門別原価計算を用いることを通じて、会社の各部門の営業利益の実績を集計することで、部門間の実績比較に活用できる点が挙げられます。
部門別原価計算とは、特定の部門で発生する固有費と、全社で発生する共通費の2つの金額を集計することで、部門別に製造原価を計算する仕組みのことを言います。共通費とは電気料金などのことであり、電力使用量や延べ床面積などの配賦基準をもとに各部門に配賦することで計算の正確性を担保しています。
例えば、営業部門が複数ある場合は、各部門がどれだけ営業利益に対して貢献しているのか、部門別原価計算を用いることで部門別の営業利益を比較分析することができます。
日商簿記2級の工業簿記の試験範囲は広く、勉強に時間を要してしまいますが、上記の通り、多方面で活用することができます。
ぜひこのタイミングで資格取得を目標として設定してみるのはいかがでしょうか。