社会保険労務士(社労士)は労働・社会保険分野を専門とする国家資格です。俗に「8士業」のひとつに数えられる専門性の高い職種として知られ、社労士のみが担える「独占業務」が存在します。社労士の独占業務とはどんな内容で、罰則や例外規定はあるのでしょうか。今回は社労士の独占業務について解説していきます。
まずは社会保険労務士(社労士)がどんな業務をしているのか見ていきましょう。「社会保険労務士法」では以下の3つを社労士の業務として定めています。
たとえば従業員の入社や退社にともない雇用保険や社会保険の加入・脱退手続きをすること、傷病手当金を申請することなどが挙げられます。各種助成金の申請、保険料の算定・申告等も基本的な業務です。これらの業務は、人を雇っている会社であれば必ず実施しなければならない業務ですので、自社で対応できない会社は社労士事務所などに代行を依頼することになります。
企業は法定三帳簿とよばれる、就業規則、労働者名簿、賃金台帳の3つの帳簿を作成し、保管しておなければならないと定められています。これらの書類を作成するのも社労士の重要な業務の一つです。書類の作成にあたっては法律に則る必要がありますが、法改正も頻繁に行われるため、ルールに沿って作成する難易度は非常に高いです。そのため、労務に関する専門家である社労士にサポートを依頼する会社は少なくありません。
1号業務や2号業務の手続き・書類作成とは違い、3号業務は労務問題や社会保険に関する改善案の提案やアドバイスなどを行う業務です。要するに人事・労務領域におけるコンサルティングといえます。
給与や勤怠管理などの労務の具体的な業務の最適化だけでなく、場合によっては人事評価の体系づくりなど人事領域のコンサルティングも行うことがあります。
ここまで〇号業務という言葉を使ってきましたが、ここでなぜそのような呼び名が使われているのかについても見ていきましょう。
それは、社労士の業務について定められている社労士法2条の条文の番号が「〇号」であるということに他なりません。それ以上でもそれ以下でもありませんので、どの業務が何号なのかごっちゃになってしまうという方は、記憶するしかない部分でしょう。
ご紹介した社労士の業務のうち、独占業務にあたるのは1号業務と2号業務です。つまり労働・社会保険についての書類・手続関係は、自社の人材がおこなうか、社労士に依頼するのかのいずれかの方法しかありません。
一方で3号業務は独占業務ではないため、社労士以外でも対応することができます。たとえば中小企業診断士やコンサルタントなどが担うケースがあります。もっとも、3号業務は1号・2号業務と比較して、幅広い知識と経験が問われる業務です。実際には3つの業務の中でもっとも難しい業務にあたるので、社労士でない方が実施するのは簡単ではないでしょう。
社労士の中でも、厚生労働大臣が定める研修を修了し、紛争解決手続代理業務試験に合格して付記を受けた者を「特定社会保険労務士」といいます。社労士は労働紛争の発生防止や自主的な解決のための相談・助言等をおこなうことはできますが、労働争議に発展した場合に当事者の代理人となって紛争を収めることはできません。
一方、特定社労士は社労士の独占業務に加え、紛争解決手続代理業務(ADR代理業務)の権限が与えられています。ADRとは、当事者双方の主張にもとづき、あっせんや調停、仲裁などの手続を通じて裁判外での柔軟な解決を図る制度です。特定社労士になるとあっせん申立てに関する相談や手続、代理人としての意見陳述・和解交渉・和解契約締結などをおこなえます。弁護士とは違いすべての紛争に関する代理人となれるわけではありませんが、労働分野の専門家として紛争解決のための一定のサポートが可能となります。
社労士法第27条では、社労士や社労士法人ではない者が「業として」1号・2号業務をおこなうことを禁止しています。たとえば社労士資格を持たないコンサルタントや給与計算のアウトソーシング業者が、就業規則を作成したり厚生労働省が管轄する助成金の申請をおこなったりするのは違法です。
違反すると1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられるおそれがあります(社労士法第32条の2)。無資格者が報酬を得て社労士の独占業務をおこなうのはもってのほかですが、たとえ無報酬であっても実質的に業としておこなっていると認められ、罰則が適用される場合があるため注意が必要です。
社労士の独占業務に関する例外として、社労士法第27条後段では、ほかの法律に別段の定めがある場合や政令で定める業務に付随しておこなう場合には、社労士以外が独占業務を扱えるとしています。
たとえば弁護士は弁護士法第3条によって法律事務全般をおこなうことが認められているため、社労士の独占業務を代行できます。
一方、税理士は税理士法第2条第項に規定された業務に付随しておこなう場合に限られます。税理士がおこなう社労士業務の範囲については「租税債務の確定に必要な事務」の範囲であると明確化されており、労働・社会保険の手続・届出等はできないことになっています。
「士業」とひとくちに言ってもそれぞれ業務領域が異なるという点は知っておくべきでしょう。
労働や社会保険に関する各種申請・手続を漏れなく適切におこなうには、専門的な知識が必要です。自社でこうした専門性を備える従業員を育成するには時間やコストがかかるため、現時点における社労士の独占業務は一定のニーズがあるといえるでしょう。
しかしAIの台頭やマイナンバー制度の導入によって業務効率化がされ、1号・2号業務は比較的楽におこなえるようになるため、社労士が担うケースは今後減少していくと考えられています。
一方で相談、指導等は単純な効率化とはなじまない領域なので、社労士へ3号業務の期待が高まっています。社労士やこれから社労士を目指す方にとっては1号・2号の独占業務に限らず、3号業務もできる社労士という視点が必要となるでしょう。企業の人事・労務担当者においても、単なる手続の代行という面だけではなく、専門的な知見を活かした支援・アドバイスをしてくれる社労士を見つけることで、強く安定した組織づくりにつながるはずです。
ここまで社労士の独占業務についてご紹介しましたが、独占業務を有している専門家は社労士だけではありません。そのうち社労士と同じ士業の専門家である、公認会計士と税理士の独占業務についてご紹介していきます。
公認会計士は監査の専門家ですが、その監査業務が公認会計士の独占業務に該当します。また、公認会計士は税理士試験の全科目が免除されるため、要件を満たして税理士登録すれば税理士の独占業務を行うことも可能です。
税理士は、税金のルールなどに精通している税務の専門家です。税理士の独占業務には税務の代理、税務の書類作成、税務相談が該当します。
税理士の独占業務について、詳しくは以下の記事をご参照ください。
社会保険労務士の独占業務は、労働社会保険諸法令にもとづく申請書・帳簿等の作成や提出代行です。法令や政令による別段の定めがない限り、社労士以外がこれらの業務を営利目的でおこなうことはできないため、法令違反とならないよう正しい知識を備えておくことが大切です。また今後、社労士には独占業務に限らずコンサルタントとしての役割が求められていく点にも注目しましょう。