昨今、ニュースや新聞で時々株主価値という言葉を目にします。また、同じような言葉で事業価値や企業価値というものも目にします。
実は、それぞれの意味は似ているので厳密な区別がつかなくとも会話は成立するかもしれません。しかし、ちゃんと意味を理解していないと、企業を評価したり会社を買収したりする際に間違った結論を出してしまう可能性があります。
そこで、今回はこの株主価値、事業価値、企業価値についての解説を現役公認会計士が行います。
まず、これらの価値の関係性について説明する前に、貸借対照表の構造を理解する必要があります。
貸借対照表は、左側は資産、右側は負債と純資産で構成されています。このうち、純資産は一般的に株主の持分でもあり、株主資本とも呼ばれます。一方で資産合計や負債と純資産の合計は一致しますが、これらを総称して総資産とも呼びます。総資産は株主の持分のみならず、事業全体が保有している資産を総称して呼びます。
さて、これを踏まえて事業価値というのは会社全体に帰属する価値となります。まず貸借対照表に計上されている資産に、土地やブランド価値など時価評価できるものはその分評価を加えることで事業価値が算定されます。計算式で表すと以下の通りとなります。
事業価値=資産+資産の含み益やのれん
また、その事業から返済すべき営業負債を引くことで企業価値が算定されます。事業から得られるキャッシュフローから、事業で必要とされる負債を差し引くことで、その企業の価値が算定されることとなります。これを計算式で表すと以下の通りとなります。
企業価値=事業価値-営業負債
さらに、株主価値は企業価値から有利子負債と金融資産(現預金や有価証券など)の差を差し引くことで求められます。これは、企業価値は株主以外の債権者の価値が含まれているのに対して、株主価値は純粋に株主に最終的に還元されるだろう金額を求めるためです。これを計算式で表すと以下の通りとなります。
株主価値=企業価値-(有利子負債-金融資産)
このように、株主価値、企業価値、事業価値というのは相互に関連しているものの、計算式は異なっています。
このように、株主価値は事業価値から企業価値を算出し、そこから求められることになります。よって、事業価値を算出する際の資産の含み益やのれんの計算結果によって、株主価値は大幅に変わってきます。
資産の含み益については次のようなものが挙げられます。まず、古くから存在する会社で土地を所有している場合は時価が上昇していることが考えられ、含み益を加算できることが多いでしょう。土地の時価の算定方法は、金額的な重要性がない場合は相続税法上の計算や、固定資産税評価額から算出することもあります。ただし、金額的に重要性がある場合や、計上が複雑な場合は不動産鑑定士による鑑定評価を入手することもあります。また、他社の株式を保有している場合も、投資先の純資産の状況や、上場株であればその株価によって含み益が計算されることもあります。
のれんについては、将来の事業計画に基づき多額の利益が計上されることが予想される際に計算されます。ただし、のれんの評価については専門家や依頼する事業者の事業計画に左右されることが多いので、慎重に評価することが求められます。
株主価値を算出することによって得られる情報は、ズバリ「株価」の算定となります。株主価値を発行済み株式数で割れば1株当たりの株価が算定されるからです。
それでは、株価を算定する時というのはどのような時かというと、主にM&Aで企業の買収金額を決定する局面になります。売主としては株主価値を高めて売りたいですし、買主としてはできるだけ株主価値を低く抑えて交渉したいと考えます。
この点、土地や株式の時価というのはある程度客観的な根拠があるため、議論になりにくい印象があります。一方でのれんの評価については先述の通り評価者や事業計画に左右されやすい為、争うことも多いです。ですので、最近はのれんの評価の専門的な機関が登場したりして、評価に客観性・合理性を付与することが多くなってきています。また、事業計画についても、過去に策定された事業計画と実績との差異分析を行った表を添付し、事業計画の精度をアピールすると、合理性・客観性が増すと言えます。
株主価値を増大させるには、資産を留保し、現状計上されている資産の価値を高める必要があります。とはいえ、なかなかすぐに数値を上げることはできないので、のれんの評価をどこまで認めてもらえるかが鍵となってきます。先述の通りのれんの評価にはばらつきがあるため、事業計画の精度をあげたり、小売業であれば顧客リストの整理を行ったりすることも重要です。というのも、実務の世界では顧客リストに単価を乗じてのれんを算出することも多々あるので、より多くの顧客を有する会社では、資産価値を増大させる可能性が高いのです。
とはいえ、株主価値の基本となるのは企業にどれだけ換金可能な資産が存在するかどうかですので、過去に積み上げられた資産をどれだけ有効活用して蓄えられるかが最も重要なことと言えます。