労災保険とは、社会保険の一種です。仕事(業務)や通勤の際、労働者が負傷した場合や病気になった場合、あるいは亡くなった場合に備えて用意されているもので、労働者が安全に、安心して仕事に従事できるよう、金銭的な保障制度を用意する必要から整備されている制度です。
この記事では、この労災保険の仕組みや給付条件、給付内容などについて説明します。どうぞ最後までご覧ください。
まずは、労災保険について、一般的な説明を加えます。
一般的には「労災保険」と呼びますが、正式名称は「労働者災害補償保険」です。
今現在、日本の社会保険には、健康保険、年金保険、介護保険、雇用保険、労災保険の5種類の制度が整備されています。このうち、後者の「雇用保険」と「労災保険」の2つを合わせて「労働保険」と分類されています。
詳細な要件については後述しますが、おおまかなイメージは「労働者が、業務上または通勤途中における負傷、疾病による治療・休業・障害・死亡の場合に、労災と認定されることによって必要な保険給付を行う制度」というようにご理解ください。例えば、仕事をしている最中に怪我をしたり、通勤途中に事故にあったりした場合に、労災保険の適用が問題となります。
労災保険の対象者は法人の役員、自営業者を除く被用者(従業員、パート、アルバイトなど)です。つまり、すべての被用者が原則としてここに含まれるので、労働者を一人でも雇用する会社は強制加入です。
例えば、日雇いのアルバイトも労災保険の対象です。また、長期的なアルバイト契約を結んでいたにもかかわらず、初日に業務中怪我をしてしまった場合も労災の対象となります。また、意外と思われるかもしれませんが、不法就労中の外国人労働者についても、労災保険の適用を受けます。
他方、法人の取締役や、家族経営の企業において家族が労働者として働いているようなケースでは、必ずしも労災保険の対象にはなるわけではありません。就労形態などが実質的に判断された結果、例外的に労災保険の適用を受ける場合もありますが、原則として適用を受けないので注意が必要です。
労災保険の保険料は会社が全額負担しなければいけません。ただ、職種によって業務上及び通勤時に労災事案が生じる危険率が異なるため、当該リスクの多少に応じて保険料は変動します。例えば、高所作業が主な業務内容であるならリスクが高いと判断されるので労災保険料は高くなりますし、他方、オフィス勤務の場合には少なくともそのような物理的な事故のリスクは少ないので労災保険料は低い傾向にあります。
実際に労災認定の対象となるケースは、大きく2つの場面に分類できます。分けて2つ。それは、仕事中の「業務災害」と、通勤途中の「通勤災害」です。これらに該当すると判断された場合には、労災保険の適用を受けるので、被害にあった労働者は治療費などを一切負担する必要はなくなります。
他方、業務災害もしくは通勤災害に該当しない場合には、健康保険制度で治療費などが賄われます。ただし、健康保険の場合、治療費等に関しては、一部労働者が負担しなければいけません。
つまり、労災保険の方が圧倒的に労働者に対して手厚い補償内容を定めているのです。「なかなか労災がおりない」というように、労災への該当性が問題となるのは、ここに理由があります。
出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署:労災保険 請求(申請)のできる保険給付等
では、ここからは業務災害認定の具体的な要件について説明します。労災認定を行うのは労働基準監督署という機関で、厳格に定められた基準に基づき、判断されます。業務災害該当性判断の際の大きな目安は、以下の2つのポイントです。
業務遂行性とは、被害の原因が仕事中に発生したものかどうかということです。つまり、怪我をしたときに仕事をしていたかどうか、と言い換えることができます。
例えば、工事現場で高所から落下したというようなケースがあげられます。これは典型的な業務災害の例です。他にも、仕事中にトイレに行く際に怪我をした場合も業務災害として認められる場合があります。「トイレは仕事じゃないのに?」と思われるかもしれませんが、このような生理的行為は仕事中であったとしても避けることができないものです。にもかかわらず、業務遂行性を否定されるのは理不尽ですよね。
業務起因性とは、被害の原因と仕事内容に関係があるかどうかということです。被害内容と仕事との間に因果関係があるか、という捉え方をすると分かり易いかと思います。
例えば、高所作業中に足場が壊れてしまったため落下、骨折をしたようなケースでは業務起因性が確実に認められます。骨折という被害は、まさに業務によって生じたと言えるからです。
これに加えて、近年、業務起因性が争われるのはうつ病などの精神障がいに関するものです。「うつ病」という被害と、「職場のいじめや上司からのハラスメント」との間に因果関係を認めることができれば、業務起因性が認められ、業務災害として労災認定を受けることができます。ただ、このような精神的な病気等に関しては、「業務が原因だ」と必ずしも言い切れないところもあります。そのため、労災認定に関して、紛争が生じることになります。
通勤時の事故なども、労災保険の対象となります。ただ、職場で起こった事故などではないために、その認定に対しては実に微妙な判断が加えられる可能性があります。
主な目安としては、「職場や仕事先への移動中であったかどうか」という視点です。例えば、自宅から職場までの通勤については比較的容易に労災が認められるでしょう。自宅から職場に出社する前に病院で診察を受けようとして、その道中で事故にあった場合も、現在の労災認定基準では通勤災害と認められます。他方、通勤中の運転がはなはだ不注意であったり、パチンコ屋によっている最中に事故をしたようなケースでは、通勤災害としては認められません。ケースごとに詳細に事情を検討されるので、ご注意ください。
では、労災の認定を受けた場合、どのような給付を受けることができるのでしょうか?以下では、5つの代表的な給付内容について説明します。
療養給付とは、業務災害もしくは通勤災害によって怪我や病気をした際に受け取ることができる給付です仕事または通勤が原因で負傷したり病気になったりした場合に受けられる補償です。** 業務災害の場合は「療養補償給付」、通勤災害の場合は「療養給付」**という名前になります。
基本的には、労災病院や労災保険指定医療機関において無料で治療を受けることができます。やむを得ず、指定医療機関外で治療を受けた場合は、一旦治療費を負担しなければいけません。後で請求することによって負担した費用の全額が支給されます。
いずれも疾病が治癒するまで給付を受けることが可能です。 また、治療のために遠方の病院に通う必要があると認められる場合は、通院費も支給されます認められる場合があります。
時効は、療養の費用を支出した日ごとに請求権が発生し、各請求権につきその翌日から2年間です。
休業給付とは、業務災害もしくは通勤災害によって仕事に従事できず、そのために賃金を受け取ることができない場合に、相当額を給付するものです。
ただ、休業により減額された賃金全額の支給を受けられるのではなく、支給されるのは休業4日目から、1日につき給付基礎日額の80%(補償給付60%+特別支給金20%)です。もちろん、「休業給付」ですので、その間労働ができず、賃金を受け取れないことが条件です。
ご注意いただきたいのが、休業の初日から3日目までは労災保険からの支給を受けられないという点です。3日目までの休業補償については、労働基準法の定めに基づき、事業主が1日につき平均賃金の60%を負担するとされています。つまり、3日目までは事業者に責任が認められ、4日目以降については事業者は免責、労災保険で保証をするという仕組みです。
時効は、賃金を受けない日ごとに請求権が発生し、各請求権につきその翌日から2年間です。
遺族給付とは、業務災害もしくは通勤災害によって仕事または通勤が原因で、被保険者が死亡した場合、 その収入によって生計を維持されていた配偶者・子などに対して支払われる給付です。遺族(補償)年金または一時金、葬祭料(葬祭給付)を受けることができます。
時効は、被災労働者が亡くなった日の翌日から5年間です。
出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署:労災保険 請求(申請)のできる保険給付等
障害給付とは、業務災害もしくは通勤災害によって、身体に一定の障害が残り、法令で定められた障害等級に該当するとき、その障害の程度に応じてそれぞれ以下の通り年金または一時金を支給する制度です。
障害の程度に応じて、障害年金もしくは障害一時金が給付され、支給金額に差が生じます。障害等級の認定においても、紛争が頻発するのはこのためです。
時効は、傷病が治癒した日の翌日から5年間です。
出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署:労災保険 請求(申請)のできる保険給付等
介護給付とは、業務災害もしくは通勤災害により重い後遺障害が残ったために介護の必要が認められるケースで支給される給付です。あくまでも一定基準を充たした重度後遺障害が残った場合にのみ認められます。また、すでに介護施設に入所していたり、他の制度による手厚い補償を受けていると評価される場合には、労災保険の適用を受けることができません。
介護保険の適用については、かなり細かい条件や支給内容が定められていますので、管轄の労働基準監督署に確認してください。
時効は、介護を受けた月の翌月の1日から2年間です。
このほかにも、様々な補償・給付がありますので「もしかして……」と思うところがあれば、以下のリーフレットをご確認ください。
出典:厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署:労災保険 請求(申請)のできる保険給付等
以上で、労災の仕組みや給付条件、給付内容についての説明を終わります。
「怪我をしたのは自分のミスだから…」と、業務中に怪我をしたにもかかわらず、自費で病院にかかっていたという方は少なくはありません。実は、意外と多くの場面で労災対象になるものは多いので、会社や労働基準監督署に問い合わせてみてはいかがでしょうか。
また、退職してしまったり、すでに会社がなくなってしまったりした場合でも、労災補償は時効以内であれば給付請求が可能です。「もう怪我も治ったし、今更請求なんてできないんじゃないの?」と諦める必要はありません。
会社は労災を認めたがらないことが多いです。だからといって、仕事中の怪我のリスクを労働者が全面的に背負う必要もありません。会社が支払うべきものは支払わなければいけませんし、それは会社の義務であり、労働者の権利です。事業主証明を拒否するようなケースもしばしば散見されますので、そのような理不尽な際には、ぜひ専門家などにご相談ください。