偶発事象という言葉を聞いたことがあるでしょうか。偶発事象というのは会計上一般的に使われる用語であるにもかかわらず、偶発事象に関する会計基準は日本には現在のところ存在しません。そこで今回は偶発事象についてお話するとともに、どのような会計処理が必要となるか現役公認会計士が解説します。
2003年に公表されている監査基準委員会報告によれば、
偶発事象とは利益又は損失が発生するかの不確実な状況が期末時点で存在しており、その不確実性が将来事象の発生すること又は発生しないことによって最終的に解消されるものをいう、とされています。
これだけ聞くとよく意味が分からないかもしれませんが、簡単に言えば決算日時点ではその事象が発生するかどうかわからないものを言います。
具体的には、訴訟を受けていてまだ決着がつかないものや、既に販売された商品に対してクレームが起きるかもしれない等の起こるかどうかがわからないが、どこかでは決着がつくものを言います。
基準上は偶発利益についても触れられていますが、偶発事象と言った時には基本的に偶発損失、偶発債務をいうと考えておいて良いでしょう。
偶発事象のうち、保守主義の原則から偶発債務について議論されることが多い為、偶発債務についての会計処理を説明します。
偶発債務が
①将来の特定の費用又は損失であって
②その発生が当期以前の事象に起因し
③発生の可能性が高く、かつ
④その金額を合理的に見積もることができる場合
には引当金に繰り入れることとするとされています。
つまり、偶発事象を引当金に計上する場合は、まず将来の特定の費用又は損失である必要があります。過去の費用又は損失である場合は議論する必要が無く損失が確定しているためその事象に合わせて会計処理をすればよいためです。
次に、当期以前の事象であることが必要となります。というのも、その事象が翌期以降であればまだ認識する必要が無いですし、翌期以降にその事象が起こるかどうかは誰にもわからないからです。
また、発生の可能性が高いことが必要となります。発生の可能性が低いのに債務を見積もるというのは過度に保守的と捉えられるためです。
この他、金額が合理的に見積もれる必要があります。金額が合理的に見積もれなければ経営者の主観で損失が計上されてしまうため、誰が見積もってもそれほど計上額に変わりがないことが必要となります。
先ほど、発生の可能性が高く金額を合理的に見積もれる偶発事象は引当金処理をすることをお伝えしました。では、発生の可能性が不明であったり、金額的に見積もることが難しかったりする偶発事象はどのように処理するのでしょうか。
例えば、訴訟を受けているものの決着が見えてこないが、もしかしたら負ける可能性がある場合等が該当します。
このような場合は偶発事象ということで財務諸表に注記を行います。その事実や万が一敗訴が決まった際にいくら払わねばならないかを記載しますが、このように勝敗がわからない時は、影響額は不明とすることが多いです。偶発事象については様々な開示があるので、インターネットで調べてみると良いでしょう。
では偶発損失としての引当金にはどのようなものがあるでしょうか。「引当金に関する論点の整理」(平成21年9月8日 企業会計基準委員会)や「我が国の引当金に関する研究資料」(平成25年6月24日 日本公認会計士協会)にその事例が列挙されているので、迷ったら参考にしてみると良いでしょう。
偶発損失としての引当金の代表格は債務保証損失引当金や損害補償損失引当金でしょう。
債務保証損失引当金は、他社の債務保証を行っていて、その会社が債務不履行を起こしそうになった際に引当金計上します。しかし、実務上は債務保証をしている先の財政状態はそれほどわからないことも多い上に、全く関係のない会社の債務保証をすることも少ない為、通常は子会社の債務保証をしていて、資金繰りが悪化した際に計上される引当金となります。
また、損害補償損失引当金については何らかの損害を第三者に与えてしまった際に計上される引当金となります。100%発生すると考えられる場合は最大の見積金額を計上し、それ以下であった場合には発生可能性を考慮して引当計上することが理論的には正しいのですが、80%発生すると仮に想定された場合はやはり100%計上することがほとんどと考えられます。
偶発事象は網羅的に把握することはとても大変なので、漏れやすい項目であると言えます。よって、決算時に弁護士に相談している事項を洗い出す作業や、取締役会でどのような意思決定をしているかを経理は把握していなければなりません。
ただし、取締役会や弁護士への相談事項は企業機密が含まれていることが多いので、これらの趣旨をしっかりと説明したうえで情報収集、会計処理を行う必要があります。