複式簿記などに用いる勘定項目の種類には、一見するとどのように処理すればよいか分かりにくいものもあります。その1つが前受金です。前受金は金銭を得ているにも関わらず、仕訳の際には勘定項目の「負債」として処理しなければならないという特徴があります。
そこで今回は、前受金の概要や仕訳の方法などをご紹介します。あわせて、前受金と同じように金銭を受け取ったときの他の勘定科目についても解説するので、あわせてご参考ください。
前受金とは、注文を受けてから顧客に商品を納品する前に「代金の一部または全部として」受領した金銭等のことです。一般的には「内金」「手付金」と言われるものです。なお、「前受金」と表現されますが、受け取るものは現金だけに限りません。サービス・役務などを対価として受け取った場合も「前受金」として処理することになるのでご注意ください。
たとえば、10月に入荷する価格10万円の新製品の予約金として、1万円を顧客から預かった場合などがあります。買主側から代金の一部でも受け取った売主側は、契約所定の引き渡し日に商品・サービスを提供しなければいけません。
前受金は勘定科目の1つに該当します。勘定科目とは複式簿記の仕訳や財務諸表などに用いるもので、表示金額の内容を示します。代表的な勘定科目としては資産、負債、収益、費用などがあります。
お金の動きがあった以上は、企業の経理処理において仕訳を行う必要があります。そして、その際に重要なのが、前受金という勘定科目(複式簿記の仕訳や財務諸表などに用いるもので、表示金額の内容を示すもの。資産・負債・収益・費用などの項目が多岐にわたる)は「負債(流動負債)」に該当するということです。
負債とは、金銭などを将来的に相手に引き渡す義務を負うことを示すもので、代表的な負債としては支払手形、短期借入金、長期借入金、社債などがあります。
「お金を受け取ったのに負債になるのはおかしいのでは?」と思われる人も少なくはないでしょう。確かに、言葉のニュアンスだけを考えると、前受金が負債に該当することには違和感を覚えるかもしれません。
前受金が負債に該当する大きな理由は、顧客に対してモノやサービスを引き渡すことが完了する前に、金銭を受領している点にあります。これは裏返せば、前受金を受領することで、将来的にモノやサービスを提供しなければならないという義務を負っているとも表現できます。加えて、何らかのトラブルが生じて商品を提供できなくなった場合は、受け取った予約金などの前受金を返金しなければならない義務も生じることを忘れてはいけません。
つまり、前受金を受け取った段階で一連の取引が完了しておらず、売主側に一定の義務が存在する以上は、勘定科目において負債(流動負債)として扱う必要が生じることになります。
もっとも、負債というと後ろ向きなイメージを抱きがちですが、これはあくまで義務という性質から来るものです。代金を前払いしてもらうことで、受け取った金銭を仕入れなどに活用できるというメリットもあります。
なお、勘定科目の一覧については以下のコラムで詳しく解説しています。あわせてご参考ください。
前受金の仕訳については、金銭を受け取ったものの、顧客に商品自体は引き渡していないため、当初は売上高として計上することができないのがポイントです。
例えば、商品を納品するための前受金として10,000円を受け取った場合の仕訳の方法としては、以下の通りです。
借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
現金 | 10,000円 | 前受金 | 10,000円 |
次に、商品の納品が完了したら以下の仕訳を行います。
借方勘定科目 | 借方金額 | 貸方勘定科目 | 貸方金額 |
---|---|---|---|
前受金 | 10,000円 | 売上 | 10,000円 |
ここから分かるように、前受金については、「金銭を受け取ったとき」と「商品を納品したとき」の計2回の仕訳を行う必要があります。なぜなら、これによって取引が完了するからです。
どの時点で前受金を売上高に振り替えるかはとても重要です。前受金を売上高に振り替えるタイミングは、商品を納品したとき(モノやサービスの提供を終えたとき)になります。商品の提供が完了すれば、提供しなければならないという義務はなくなり、負債として取り扱う必要がなくなるからです。つまり、前受金を売上高に振り替えるタイミングにズレが生じた場合には期間損益などにも影響がでてくるので、しっかりと確認をして仕訳作業を行いましょう。
また、前受金が商品代金の場合には、売上高原価とも対応してくるため、売上高と売上高原価の比率を示す売上高原価率を定期的に確認しておく作業も重要になります。前受金を売上高に振り替えることが完了していない場合にも、原価率の上昇によって振替を済ませていないことに気付きやすくなります。
特に、前受金を複数の顧客から受け取っている場合には、どの顧客から受け取ったものかを混同しないように、きちんと整理しておきましょう。
なお、今回は前受金は売主が商品の引き渡し前に手付金等を受け取った場合に使用する勘定科目ですが、買主側は「前払金」という勘定科目で仕分け作業を行うことになります。不動産購入時に支払う手付金についても同様です。
経理担当者・税理士補助に従事している場合には、自社が買主・売主のいずれの場合でも適切に決算書類・貸借対照表などの財務諸表等を作成できるように、適切に情報を整理する癖を付けておきましょう。
同じように取引において現金を受け取っているという意味において、前受金と混同しやすい勘定科目が存在します。以下の勘定科目は貸借対照表等を作成する際にも重要になるので、適切に違いを押さえておきましょう。
・仮受金
・前受収益
・売掛金
・預り金
それでは、各勘定科目との相違についてチェックしていきましょう。
前受金と混同しやすいものとして、仮受金という概念があります。仮受金は前受金と同じく勘定科目の一種であり、負債(流動負債)に該当します。
仮受金は入金の内容が明確でない場合に使用するものです。例えば、顧客からの入金の名目がはっきりしていない場合や、名目が明確でも金額については交渉中の場合などに、名目や金額がはっきりするまで一時的に使用するものです。
何らかの入出金があった場合、金銭の動きと帳簿の記載を一致させるためには何らかの会計処理が必要になるため、一時的に仮受金として処理をします。その後、入金の内容が判明した場合はそれに応じて仮受金を処理し、消滅させるという流れです。
したがって、「顧客からの入金について会計の処理をするために使用する勘定科目である」という点では前受金と仮受金は共通しています。その一方で、仮受金は顧客からの入金の名目や金額が明確でないのに対して、前受金は入金の内容が明確である点で違いがあります。つまり、まずは仮受金として処理した後に、その名目が判明した時点で前受金に振替処理をする場合もあるということです。
なお、仮受金については以下のコラムでも詳しく解説しています。あわせてご参照ください。
前受収益とは、一定の継続的役務を提供することを約する契約について、まだ提供していない役務に対して支払いを受けた対価のことを指します。時間が経過すれば確実に収益になるものですが、いったんは負債に計上する必要があります。
たとえば、不動産物件を貸している場合に受け取る前受地代・前受家賃、金銭消費貸借契約の前受利息などがこれに当たります。
前受金・前受収益は、いずれも現在未実現の利益に関する勘定科目という点では共通しています。その一方で、前受収益は期限の到来によって収益化されますが、前受金は役務・商品の提供によって収益化されるという点に違いがあります。
売掛金とは、商品・役務の対価を後日受け取る場合の勘定科目のことです。つまり、「商品を引き渡す前にお金を受け取っている売掛金」「商品を引き渡したがお金を受け取っていない売掛金」という違いがあります。
したがって、売掛金が問題になる取引では、商品を提供したタイミング・売掛金を回収したタイミングの2回にわたって仕訳を切る必要があるということです。
預り金とは、文字通り第三者からお金を預かったときに使用する勘定科目のことです。
たとえば、従業員の給与から源泉徴収により天引きした所得税・住民税・社会保険料は、税務署等に納付する前に、「従業員からいったん預かった」という扱いになります。これを預り金として仕訳処理します。
前受金とは、商品を納品する前に代金の一部または全部として受け取る金銭を指します。それにより受け取った金銭を仕入に活用できるメリットもありますが、事前に金銭を受け取っている分売上高への計上忘れや遅れがあると期間損益に影響を与えてしまうので、しっかりと照らし合わせた確認をすることが大切です。
経理担当者にとって、日々の仕訳を正確かつスムーズに行うことは今後のキャリアアップにも重要なポイントです。しっかりとスキルを定着させて、キャリアの選択肢を幅広いものにしましょう。