株式交換とは、現金を用意しなくても組織再編を実現できるM&A手法の1つです。資金調達が不要という意味で機動的に組織構成を組み替えることができる反面、議決権比率に影響が生じるなど、一定のデメリットも存在します。
そこで、今回は、株式交換によるM&Aの内容・特徴や、他の類似制度との比較を紹介します。組織再編に関する知識を洗い直す意味でも、基本からしっかりご確認ください。
株式交換制度(会社法2条31号)とは、株式会社の発行済の全ての株式を合同会社あるいは別の株式会社に取得させる組織再編です。
つまり、「完全子会社になる予定の会社(対象会社)」のすべての発行済株式が、「完全親会社になる予定の会社」に移転されることによって、完全親子会社という形の組織再編が実現されることになります。
株式交換は、次のような流れで2社間において手続きが進められます。各社に株主や利害関係者が存在することから、丁寧な手続き進行が求められるのが特徴です。
株式交換契約の締結 | 株式交換のスタートは双方の契約の締結から。各社における取締役会決議が必要。 |
事前開示 | 子会社側の株主・新株予約権者の利益保護のために、書類等の備置・閲覧に2週間必要。 |
株主総会 | 原則として親会社・子会社側の双方で株主総会の特別決議が必要。 |
反対株主の買取請求 | 株式交換に反対の株主は株式の買取請求が可能。 |
効力の発生と登記 | 契約書所定の日付に株式交換の効力が発生。適宜登記が必要。 |
事後開示 | 株式交換効力発生日から6ヶ月間、関係書類を備置。 |
完全子会社側の株主は、原則として親会社の株式を対価として受け取るのが一般的です。ただし、会社法上、対価を親会社の株式等(株式・社債・新株予約権・新株予約権付社債)には限定していないため、他社の株式や金銭(無償も可)を対価とすることもあります。
ここまで紹介したものは会社法が想定するベーシックな株式交換ですが、その他、株式交換には次のような類型が認められています。
・簡易株式交換
・略式株式交換
・三角株式交換
・適格株式交換
・非適格株式交換
それぞれの株式交換手法について具体的に見ていきましょう。
簡易株式交換とは、株式交換時に支払う対価が買い手側の企業の純資産額の1/5以下のときに利用できる株式交換のことです。
本来、株式交換は会社における重要な経営判断であることから、株主総会における厳格な決議要件をクリアしなければいけません。
しかし、純資産額の1/5以下の内容で完結する場合には、株価への影響・既存株主の株式保有率へのデメリットが少ないと考えられるので、簡略した手続きで株式交換を行うことが可能です。
略式株式交換とは、買い手側企業が売り手側企業の議決権付き株式の90%以上を保有している限定的な場合に、売り手側企業における株主総会決議を省略できる株式交換のことです。
なぜなら、買い手側企業が売り手側企業のほとんどの議決権を保有しているということは、売り手側企業において実施される株主総会決議でも株主総会について賛成決議が得られる可能性がかなり高いと考えられるからです。
このような状況でわざわざ売り手側企業における株主総会を招集するメリットはなく、諸コストの削減につながると考えられます。
三角株式交換とは、クロスボーダーM&Aで使われる手法のこと。株式交換において交付される対価が「買い手企業の親会社の株式」だという点に特徴があります。
日本企業が海外企業の買収を行うシーンで活用されることが多いです。
適格株式交換とは、税制上の分類のこと。一定の要件を充たす株式交換について、子会社に対する課税が発生しないというメリットが得られます。
適格株式交換と認められるためには、株式以外の資産が交付されないことを大前提として、支配関係の継続・株式継続保有・従業者引継ぎ・事業継続性・事業関連性・規模・経営参画の観点から細かい要件を充たさなければいけません。
したがって、グループ内の組織再編などの場面に該当することになります。
なお、平成28年度からは、特定役員継続要件の緩和について改正が行われたことから、適格株式交換の判断基準が緩和されています。
非適格株式交換とは、適格株式交換の要件を充たさないために、子会社に対する課税が発生する場合の株式交換のことです。
適格株式交換の要件充足が厳しいことから、グループ内の組織再編などの限定的な場合以外は、ほとんどが非適格株式交換として税制上不利な扱いを受けることになります。
会社法上、株式交換以外にも組織再編方法は多数用意されています。そこで、ここからは、株式交換と似た形で組織再編を実現できる諸制度について違いを確認していきましょう。
会社法上は、完全親子会社の関係を作る組織再編として「株式移転」制度も予定されています。
株式交換では既存の会社が完全親会社になるのに対して、株式移転では”新規に設立される会社”が完全親会社になるという違いがあります。つまり、株式交換は企業買収のツールとして活用可能ですが、株式移転は買収ツールとしては不適切です。
また、株式交換では簡易手続・略式手続でスムーズに組織再編を行うことができますが、会社設立のプロセス必須の株式移転では簡略な手続きは存在しません。
吸収合併とは、一方の法人格に他方の権利義務をすべて承継させて2つの企業を1つにまとめる組織再編方法です。
2つの企業が1つになるという点で株式交換と同じですが、吸収される企業の法人格が消滅するという点に違いがあります。
なお、会社法上は2つの企業どちらの法人格もすべて消滅させて会社を作り出す新設合併という手続きも用意されていますが、実務上はほとんど吸収合併によって組織再編が行われているのが実情です。
株式交換制度は、買収目的・経営統合目的、あるいは子会社を完全子会社にするなど、グループの再編目的で行われることが多い組織再編方法です。株式交換制度のメリットとして次の3点が挙げられます。
・すべての株主の了承を得なくても完全子会社ができる
・現金の流出を防止できる
・会社の独立性を保てる
例えば、別の会社を完全子会社にするときの方法として、「別会社の株主から発行済株式をすべて買い取る」という方法が挙げられます。しかし、すべての株主との間で株式譲渡契約を締結するのは煩雑ですし、現実的には難しいと考えられるでしょう。
その一方で、株式交換を利用する場合には、すべての株主の了承を得る必要はありません。なぜなら、株式交換は特別決議(会社法309条2項12号)で行うことができるからです。
特別決議とは、「株主総会に出席した株主の議決権が、総議決権数の過半数を超えており」かつ「出席した株主の有する議決権の2/3以上の賛成」を得られた場合に賛成が認められるものです(定款により別の条件を定めることは可能)。つまり、全ての株主の了解を得ないで、別の会社を完全子会社にすることができます。
すべての株主の了解がなくても株式交換が実現するということは、株式交換に反対する少数株主を排除できることも意味します。
特に、株主構成の変化が多い企業では、少数株主の存在は迅速な経営判断に差し障ることも少なくありません。
株式交換による組織再編を契機として、少数株主を企業から排除することができれば、現在の経営陣に反対する存在に対するリスクヘッジにもなるでしょう。
平成26年の会社法改正によって、「特定支配株主の株式等売渡請求」の制度が新設されました(会社法第179条)。これを利用すれば、対象会社の株主総会決議を経ることなく、特別支配株主が対象会社の株式全部を買い取ることができます。
ここにおける「特定支配株主」とは、対象会社の総株主の議決権の9割(定款でこれ以上の割合を定めることができる)以上を有する者のことを指します。
つまり、買収者が対象会社の議決権のほとんどを有するという限られた条件下であれば、特別支配株主の株式等売渡請求制度はスムーズな完全子会社化を実現できるというメリットがありますが、そうでない場合には、2/3の議決権要件で足りる株式交換の方が組織再編としては使い勝手が良いと考えられます。
株式譲渡制度によって完全子会社にするときは、一般的に譲渡人に対して株式譲渡代金を支払います。その一方で、株式交換制度によって完全子会社にするときは、会社法768条1項2号によって、「金銭等」と完全子会社になる会社の株主に対する対価は決まっています。
つまり、株式交換では、対価として現金を交付することもできますが、現金以外のものを対価提供することも認められています。
たとえば、実務上は完全親会社になる会社の株式を対価にすることが多いですが、こうすれば、現金の流出が防止できます。
規模の大きいM&Aでは、現金の調達が障害になって組織再編を諦めざるを得ないケースは少なくありません。しかし、株式交換なら現金を用意しなくてもホールディングス化などが可能なので、フットワークのかるい組織再編手法だと考えられるでしょう。
合併や事業譲渡、会社分割が経営統合の方法として使われるときがありますが、このような方法と比較して、株式交換制度で大きな影響を受けるのは「完全子会社になる会社の株主構成のみ」です。
つまり、株式交換によって親会社となる企業側には会社組織自体に大きな変動は生じないので、会社の独立性を維持したまま、従来通りの経営を進められることになります。
株式交換は、吸収合併とは異なり、買収される側の会社の法人格は残ったままです。つまり、会社として存続することに変わりはないので、従業員のモチベーションが下がりにくいと考えられます。
一般的に、M&Aで買収された側の企業は、経営方針が大幅に変更されたり、また、会社名がなくなることによって従来の勤労意欲を維持しにくいというリスクがあると言われています。
しかし、株式交換ならこのようなデメリットもケアしやすいので、「組織構成を変更しつつも従来通りの経営を続けたい」場合に適していると考えられるでしょう。
株式交換制度は先にご紹介したようなメリットがありますが、一方、次のようなデメリットもあります。
・上場会社を買収したときには株価下落のリスクがある
・株主比率が変動する
・株式交換手続きにコストを要する
それでは、各デメリットについて具体的に見ていきましょう。
上場会社を完全子会社にする株式交換の場合には、株価が株式交換した後に下がる可能性があります。もちろん、株価が株式交換によって大きく上がってメリットがあるときもありますが、常に株価が下がる可能性もあります。あくまでも投機市場の見方によるものですが、一定のリスクがあることを見逃してはいけません。
特に、株式交換が高い注目度の会社同士のときは、短期間で株価が激しく上がったり下がったりするときがあります。完全子会社が負債を抱えていたり、赤字であったりしたときは注意する必要があります。
完全子会社の株式を株式交換制度では取得するため、株主構成が完全親会社側の株主構成に変化が生じることになります。具体的には、完全子会社の株主が加わることによって既存株主の議決権割合が相対的に低下するということです。
議決権行使に興味が薄いデイトレーダーなどにとっては大きな問題ではありませんが、議決権比率で争いが生じているケース(経営権をめぐる争い)では、株式交換によって議決権比率が低下することによって、経営権を手放さざるをえなくなる可能性、役員の構成に影響が出るリスクさえあります。
したがって、株式交換によって議決権比率に一定の影響が出ることを想定したうえで、子会社側の議決権の帰趨や経営判断への影響なども事前に把握しておくべきだと考えられます。
方法として株式交換制度を使うときは、株主保護や債権者保護、株券、取締役会の開催などの提出公告など、手続きが複雑になります。時間面、コスト面で負担になることに違いはありません。
特に、株式交換手続きは債権者や株主が多いほど複雑になるため注意する必要があります。
会社法上、数多くの組織再編手法が用意されています。そのなかでも、株式交換は比較的機動性に優れて完全子会社化を進められるものと考えられます。
もっとも、会社組織への変動は税制上への懸念もあることから、常に将来的な金銭負担の可能性をも視野に入れて行わなければいけません。
一時的な経営権争いの手法として活用するのではなく、機動性に優れた手法だからこそ、今後の企業経営方針も勘案したうえで、慎重な運用が求められるでしょう。