「企業税務に特化した税理士法人」として歩みを重ね、今では上場企業とそのグループ会社がクライアントの9割以上を占めている税理士法人トラスト。幅広い顧客を扱う「総合型」の事務所から、特定の領域に特化した「専門型」の事務所にシフトした背景には、どのような戦略があったのでしょうか。
今回は、田中代表と、トラストで働くベテランスタッフ3名の方にヒュープロ編集部が伺いました。
―田中代表は、もともと税理士ではなく公認会計士を目指していたのですか?
田中:はい。なんとなく、「公認会計士なら稼げそうだし、色々な仕事ができて楽しそう」というイメージがあって、大学生になってから資格試験の勉強を始めました。その後、在学中に会計士第二次試験に合格し、新卒で太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)に採用してもらいました。
入所した1993年は、ちょうどバブル経済の最後の時期に当たっていて、就職するときに入所祝い金をいただいたのを覚えています。その翌年にはいきなり就職氷河期に入り、祝い金どころか内定取り消しが出ていましたから、まさに時代の変わり目でしたね。
―入所後は6年ほど監査業務に従事されていたとのことですが、どうして会計士から税理士の方向に転換されたのでしょう?
田中:もともと独立志向が強く、監査法人で仕事を続けるよりも、自分で事務所を立ち上げたいと思うようになりました。そこで公認会計士登録から2年後の1998年に税理士登録をした後に監査法人を退職し、田中会計事務所を立ち上げました。
ただ、やはり独立は簡単なことではなく、創業した頃は顧問先が3件だけ。それも、魚屋さんなどを知り合いに何とかご紹介いただいた形です。3件の顧問料を合わせても月商10万円にもならず、しかも事務所の賃料は14万円でしたから、完全に赤字でした。
当時、私は結婚1年目だったのですが、完全に時間をもてあましていました。仕事がないので、妻が出かけるときに送り迎えをしたり、家でぼーっと考え事をしたり、そんな日々でしたね。
―そうだったのですね。そこから顧客の数をどう増やしていったのですか?
田中:創業して数年は、「できることは何でもやろう」という気持ちで幅広い案件を扱いました。個人・法人の別にかかわらず、領収書整理から記帳代行、給与計算など、本当に何でもです。そうすると、少しずつ顧問先が増えて売上も上がっていきました。
ただ、「忙しい割には利益が上がっていない」という問題に直面してしまいました。顧客の増加に合わせてスタッフを増やしましたが、そうすると人件費がかかります。結局はそれほど利益が残らず、スタッフやその家族の生活を守りながら、事務所を成長させていく形はなかなか見えませんでした。
そこで、中国に子会社を作って中国進出を図る日系企業のサポートを行ったり、給与計算などのアウトソーシング業務を引き受けたりと、いくつかの新規事業をやったものの、結局はすべて失敗でした。新規事業のためにシステム開発などのコストをかけたのですが、こうしたコストも無駄になってしまったのです。
あの頃を振り返ると、本当に先が見えなくて、どうしたらこの状況を打破できるのか毎日思い悩んでいました。不安から夜中に飛び起きたり、過去の失敗がよみがえってきたり……。これが、創業後5年くらいの私の状況です。
―その厳しい状況を、どうやって解決したのですか?
田中:きっかけは、知人から紹介されて、上場を達成した起業家の会に参加させていただいたことです。成功した経営者の方の話を聞き、経営について学ぶことができましたし、人のつながりも増えました。
そこから派生して、2005年の2月にある会社の社長と直接お話させていただく機会をいただいたのですが、これは自分にとってとても大きな転機になりました。その社長から「君のところの社員は1人あたりいくら売上を上げているの?」と聞かれ、正直にお答えしたところ、「そんな金額で社員を食べさせていけるわけがないだろう!」とお叱りを受けたのです。
あのときに私が答えた金額は、税理士業界の相場からは決して低くはなく、むしろ平均をやや上回る水準だったのですが、この売上では成長を見込めないことは私自身も感じていました。
そこで、その社長に税理士の仕事についてご相談したところ、「自分にとってプラスにならないものにお金を払う人はいない」とアドバイスをいただいたのです。つまり、「税金を払うためのサポート」という打ち出し方では、高い報酬をいただけない。
そのアドバイスをいただいてから、私は税理士としてできることを考え直すことを決めました。事務所のスタッフと3人で手分けをして日本全国の税理士事務所のホームページをチェックして、高い報酬、具体的には「1人年間3000万円の売上」を獲得できそうな事業がないかを探ったのです。
―そのような事業が見つかったのですか?
田中:相続やM&A、資産運用アドバイザーなど、いくつか見込みのある事業が見つかりましたが、なかでも私が目をつけたのが、「上場企業に特化した会計事務所」というポジションです。私は監査法人出身ですし、当時の顧客のなかにいくつか上場企業がありましたから、上場企業の税務顧問をベースに組織再編や国際税務などの支援も行うことが、突破口になると考えました。
私が思うに、税理士業界には大きく分けて2種類の事務所が存在します。一つは、さまざまなタイプの顧客、税目を幅広く手がける「総合型」。二つ目は、特定の顧問先や特定の税目に絞って業務を提供している「専門型」の事務所です。私は総合型の事務所を経営していましたが、これを専門型にシフトする必要があると思いました。
そうして、「顧客ターゲットを上場企業に絞る」と判断した翌日から、私は個人事業主や中小企業の案件を一切お断りすることにしました。それまでお取引をいただいていた顧問先の多くも、私が頭を下げて回りながら取引を停止させていただき、信頼できる会計事務所に引き継ぎました。
―顧客を自ら手放すというのは、なかなか勇気がいりそうです。
田中:はい。実際、顧問先が減ったことで一時期は売上が落ち込みました。でも、時間や社員のリソースが増えたので、より集中して上場企業の支援を行えるようになったのです。1年後には上場企業の顧問先が増え、目指していた売上を安定して達成できるようになりました。
何より良かったのは、業務領域を絞ったことで、社員にとって働きやすい環境になったことです。以前は中小企業の社長のお悩みを聞くのに時間を割いたり、給与計算や社会保険、相続までご支援したり、本当にやることが多すぎました。上場企業を顧客にもつと、経理や記帳はすでにできていますから、税務申告のレビューや税務判断に時間をしっかり使うことができます。
―上場企業に特化した事務所というポジションはかなり珍しいと思いますが、どうなのでしょうか?
田中:私が知る限り、BIG4税理士法人を除けばトラストだけだと自負しています。上場支援や事業承継などスポットで上場企業を支援している事務所はあっても、うちのように上場企業の顧問をほぼ100%やっている事務所はないと思います。さらに、スタッフ10名程度で運営しているという意味では、トラストは日本唯一でしょう。
―なぜ、少人数で現在のポジションに立てていると思われますか?
田中:ひとつは、やるべきことを徹底的に明確にしていることにあります。専門型の事務所にシフトしてからは自分たちの領域外の業務は一切行っていませんから、業務量のコントロールが可能です。
また、昨今は「世の中にない付加価値を生み出せ」とか「ブルーオーシャンを探せ」といった言葉がよく聞かれますが、そのような漠然なことに取り組んでも結果が出ずに疲弊しがちですよね。私はそのような考えではなく、「お金をいただけることは何か」ということにダイレクトに向き合いたいと考えています。
その意味で私が心がけているのが、「お客様の期待値に対するマイナスをゼロにする」ということです。そして、「トラストなら間違いない」とご評価いただけるように全スタッフが努めています。
たとえばレストランに行ったとして、いかに素晴らしい料理が出されたとしても、トイレが汚かったり、店員の態度が悪かったりすると嫌ですよね。そういう”がっかりポイント”をゼロにすることが価値になると思っているのです。そこで、申告書のレビューなどの業務のために詳細なチェックリストを社内で共有するなどして、サービスの品質確保に努めています。
―なるほど。社内のチーム体制も工夫されているのですか?
田中:チームはあえて作らず、基本的には1人だけで1社を担当する形を取っています。この方式から逆算して取引をする企業を決めているため、場合によっては、規模が大きすぎる企業はたとえ高い売上が見込めてもお断りすることもあるくらいです。
チーム編成が求められるような大規模な案件はダイナミックですが、他のメンバーの仕事レベルの高低や入退社などの影響を大きく受けるので、特定の人に過度に業務が偏るおそれがあります。トラストでは「自分のペースで仕事をできる環境の最大化」という理念があるため、これと相反するような案件は最初から受けないようにしています。
トラストでの働き方は、「サラリーマン以上、独立未満」というイメージが近いと思います。収入も仕事量に応じてインセンティブがつきますので、多くの案件を担当して高収入を狙ってもいいですし、逆にワークライフバランスを重視したい時期は仕事量を抑えることも可能です。
―続いて、トラストで働く三名の方にもお話を伺いたいと思います。まずは、それぞれ入社のきっかけと入社後の印象を教えてください。
S:トラストに入る前は複数の税理士事務所で働いていましたが、税務の論点をじっくり考える時間が取れず苦労していたので、もっと知識を深めたいという思いからトラストに入ることを決めました。2014年にトラストに入社してからは、連結納税やグループ通算制度などの高度な問題にしっかり取り組みつつ、最新の税制改正にもキャッチアップする時間を取れるようになりました。
酒井:私は2017年にトラストに入社しましたが、当時は税理士試験の勉強に取り組んでいる時期でした。以前の職場では勉強時間の確保が難しかったのですが、トラストではフレックス制度を利用でき、資格試験や業務の専門的な勉強がしやすくなりました。
T:私も酒井さんと同じように、2014年にトラストに入社した当時は税理士試験の勉強中でした。その後、無事に資格を取得できましたし、今も仕事とプライベートをメリハリよく過ごせるようになりました。税理士として成長するために法人税の知識を深めたかったので、その意味でもトラストに転職をして良かったです。
―共通して、時間の使い方が変わられたようですね。
S:はい。お客様が上場企業ということで、経理や会計をお客様自身がしっかり処理してくださっていますから、私たちは税務の領域に集中することができます。手を動かす仕事から、頭を使う仕事にシフトしたので、時間のコントロールをしやすくなりました。
酒井:私も、年度末などの繁忙期はあるのですが、その他の時期は税務相談などにじっくり取り組めます。今は子育て中なので、リモートワークを自由にできることも助かっていますね。急な家族との予定が入ったときでも仕事を調整できるので、育児との両立という点でも非常に働きやすい環境だと思います。
T:私たちはサラリーマンですが、サラリーマンっぽくない働き方ですよね。ただ、今のような自由な働き方ができるようになったのは、経験を積み重ねた結果でもあります。トラストの業務は専門性が高いので、入社して3,4年ほどは働き方のコントロールが難しく感じるかもしれませんが、そこを抜けるとすごく楽になるはずです。
―では、代表しておひとり、トラストに向いている人のイメージをお話ください。
T:さまざまな問題に対してポジティブに取り組める人はトラストに合うと思います。社内で勉強会や税法セミナーなども行われていて他では得られない税務スキルも身につくので、長い目で見るととても魅力的な事務所だと思います。
―再び田中代表にお話を伺います。トラストではどのような人材を求めているのですか?
田中:具体的に言えば、私たちはBIG4か、これに準ずる事務所で実務を5年程度経験した方を求めています。上場会社の税務申告のレビュー業務をこなせる方であれば、トラストの仕事も問題なくできるでしょう。
能力として求められるのは、第一に、税務調査に耐えうる「論理的で強い税務判断」です。トラストでは条文や判例をきちんと読み解き、立法趣旨まで正確に理解することを重視しています。そして、結論ありきの検証ではなく、法律論の基本である「法的三段論法」による考察を実践していますので、最初から通達や参考図書から入るのではなく、時間をかけ、地道に結論を導き出してもらいたいです。
第二に、「グループ通算制度」「組織再編税制」「国際税務」という「三大専門税制に精通していること」であることも重視しています。英語ができる必要はありませんが、企業税務に関わる高い専門性が大事です。
―最後に、今後の事務所の展望をお聞かせください。
田中:先ほど申し上げた「自分のペースで仕事をできる環境の最大化」という理念に向けて動いている最中ですが、これをいち早く実現したいと考えています。
自ら独立した場合、大成功する可能性はありますが、逆に失敗するリスクもあります。創業時に私が経験したような激務や精神的な不安もついてまわるでしょう。でもトラストでは、サラリーマン税理士の安定はありつつ、自分らしい働き方ができ、望むだけの報酬を得ることも可能です。
そのような、独立とサラリーマンの”いいとこ取り”ができる企業税務専門の事務所として、今後もさらなる成長を目指していきます。
―本日は貴重なお話をいただきました。誠にありがとうございました。
お話を伺った税理士法人トラストのHPはこちら