新卒から管理会計に携わり、今年の4月に株式会社MIXIのCFOに新たに就任した島村恒平氏。今回はそんな島村氏に、CFOになった背景から、MIXI入社後に行った「市場変更」と「ブランドリニューアル」の2つのプロジェクトについてまで、編集部が詳しくお話を伺いました。
ーまず初めに、CFOのキャリアの始まりを教えてください
私は大学卒業後、エンタメ業界でのコンテンツ作りに憧れており、新卒で音楽配信会社に入社しました。コンテンツ作りに携われると期待に胸を膨らませて入社したものの、新卒での最初の配属が経営企画部でした。それまで会計の勉強などはもちろんしたことがなかった私は、かなりモチベーションが下がったのを覚えています。
ですが、入社して1カ月くらい経ったある日、当時のCFOとご飯に行く機会がありました。その時のCFOの印象はというと、若くて、かっこよくて、自分で会社も経営していて、高層マンションに住んでポルシェに乗っていて、まさに絵に描いたような「エグゼクティブ」だったのです。
その方の考えや姿勢に多くの刺激を受け、コンテンツ作りに携われなかったことによるそれまでのモチベ―ションが一変し、将来こんなCFOになりたいと思うようになりました。
ーその方に出会ったことが島村様のキャリアを左右する大きな出来事だったのですね。そこからどのようにして仕事としての「管理会計」を面白いと感じるようになったのでしょうか?
まず、その会社に入って初めての仕事が予実管理でした。会社の予実分析をしていくと、今の会社にとって何が課題で、何をすべきなのか提案できるようになってきたのです。そうするうちに、社内外のステークホルダーや、会社の中核になる人に対し、新卒ながら意見できることが増えて、すごく楽しかったですし、勉強になったと思います。
ここで初めて「管理会計」というものに触れて、一番会社のことが理解できる仕事は予実分析だと気が付き、その面白さにのめり込んでいきました。
その後は予実分析をしながら、M&AやIRもやらせてもらううちに、自分の力不足を感じ始め、コンサルティングファームで経営の勉強をしっかりとしてみたいと思うようになったのです。
そして、経営企画を4年間経験した後、コンサルティングファームに転職しました。そこでは、コンサルタントとしてクライアントの経理財務や経営企画部門を担当しました。クライアントワークになるので、大企業の経営管理やガバナンスを学ぶことができ、また、多くの会社の予算というものに触れて、より一層管理会計の奥深さに気づくきっかけになったと思っています。
コンサルティングファームで4年ほど働いた後、IT企業の管理部門に転職し、管理会計の立ち上げと新規事業を生み出す枠組みを作りました。具体的には予算管理のシステム化や自動化など、これまで2社で学んできたことをアウトプットしていったイメージです。
その後、ベンチャー企業を複数経験し、2016年にミクシィ(現MIXI)に入社しました。
ー事業会社からコンサルティングファームに移籍してクライアントワークに変わると仕事の仕方は大きく変わったと思いますが、2つを比較して最終的に「事業会社」という選択肢を選んだのはどうしてでしょうか?
新卒で初めて経営企画を学んで、その後コンサルティングファームに移って一貫して「管理会計」に携わってきて分かったことがあります。それは、事業をどのようにしたいのか、経営の意志を全社共通の「数字」というものに落とし、それを見て全社が動く。管理会計とは、経営の意志そのものであるということです。
そのような経営の意志を反映させるダイナミックなツールを活用して、会社を変えられるのは事業会社だと気づきました。
コンサルタントの場合、どうしてもお客さんの意志決定に従って話が動くことが多かったと感じます。私がお客さんの財務諸表を読んで、「本来の課題はそっちじゃない」と思いつつも、最終的にはお客さんの意志に従わなければならないということに、ずっともどかしさを感じていました。
そんな時、「意志をもって自分の会社の事業を動かしていく管理会計をやりたい」という自分の気持ちに気づき、事業会社の道を選びました。
ーそこで、多くの会社がある中からMIXIに入社した理由は何だったのでしょうか?
当時のMIXIはモンスターストライク(以下、モンスト)がヒットし、お金も潤沢にある状態でした。新規事業もこれから立ち上がっていくというフェーズで、M&Aなどコーポレートアクションが多く、やりがいがありそうだと思ったからです。管理部門の仕事って事業内容によって大きく変わる部分があるので、動きがない会社に入るとルーティンワークばかりになりがちなのです。私は新規事業が多く、管理部門で出来ることが多そうな会社に入りたかったので、MIXIに入社しました。
ー実際に入ってみていかがでしたか?
イメージ通りでしたね。SNS「mixi」が低迷する一方で、モンストが大ヒットし、ゲーム事業が主力となっていた。管理部門においても、その急成長で組織体制や制度も追いついておらず、いい意味でやりがいがありましたね(笑)まさにしなくてはならないコーポレートアクションが多く、わくわく感でいっぱいでした。
ーそれでは、MIXI入社後についてお話を伺いたいです。島村様は「市場変更」と「コーポレートブランドのリニューアル」の2つのプロジェクトに関わったと伺っておりますが、まず「市場変更」プロジェクトについてお聞かせください。
当時のマザーズでは10年居ると市場替えのタイミングが来るという流れでしたので、もともと市場変更は視野に入れていました。
そして2019年、当社としてスポーツ事業に力を入れようとなった時に、社格をしっかり上げて事業をしやすくしていこうという動きがあったこと、かつ、会社のガバナンスを強化させていこうというタイミングだったことが重なり、市場変更に乗り出したのです。
最初は、私とコンプライアンス本部長の2人で始動しました。市場変更のようなプロジェクトには、関わるメンバーも少なくして、少数精鋭で行うべきではありますが、当時は社内を大変革する必要があったので、人事や情報システム部の社員も入れて最終的には総勢40名ほどのプロジェクトメンバーで進めていった形です。
ー40人ですか?!多くの人を巻き込んで進めていくのは大変だったと思います。その中でも、最も苦労したことはなんでしょうか。
市場変更のために会社を守りながらも、事業を前に進めなきゃいけないということですね。実は、この市場変更の期間にM&Aを4件ほど行っているのです。通常、市場変更中は上場審査に響くことがあるので、M&Aなどの新規取引を行わないのですが、当社は持続的な成長を止めたくないと思い、上場審査に並行してM&Aを行いました。おかげで、上場審査の負荷と、M&Aの負荷のダブルパンチで大変でしたね。
さらに、当時は、モンストの爆発的ヒットのあとで業績が低下傾向にありましたので、証券会社の担当者さんや東証の審査員さんに、自社のキャッシュフローがいかに永続的かを、過去の売上から推測し、ロジック立てて、説得をするのにも苦労しました。業績がダウントレンドの中でも東証一部への鞍替えができたのは当社が初だったと後になって審査員の方に伺いました。
ー続いて、2つ目のプロジェクト「コーポレートブランドのリニューアル」についてお話を伺います。どうしてこのタイミングで行うことに至ったのでしょうか。
当社におけるコーポレートブランドの課題は、会社のイメージ=SNSの「mixi」であるということでした。2013年以降、当社の収益事業は主にモンストでしたが、どうしてもSNS の会社というイメージを持たれがちだったため、エンタメ事業においては「XFLAG」というブランドを立ち上げ、SNS「mixi」の会社がやっていることが前面に出ないようにしていました。
そのブランド構造を見直さなければいけないという議論は経営層の中でも長年あり、企業理念の再定義やコーポレートブランドの刷新を行いました。スポーツ事業など新しいことを進めていくにあたって、MIXI自体のブランド価値を高めていく必要があると考えたのです。
ーたしかに、MIXIの事業であることがわかれば、どうしてもSNS「mixi」のイメージがついてきますよね。経営管理をずっとやってきた島村様がどのようにしてブランドリニューアルを実現したのでしょうか?
もちろん、私はブランディングに詳しいわけではないので、経営管理のケイパビリティでブランドリニューアルそのものに携わるのは難しいことです。私は経営戦略や中期経営計画を作る上でこの会社がどうなりたいのか、どうあるべきかということの検討の蓄積をベースにして、意見出しをしていきました。
特に今回のコーポレートブランドのリニューアルは、今存在しているサービスブランドを束ねるという意味合いが大きかったので、経営戦略としてどうコーポレートトランスフォーメーションしていきたいか、という経営の意志が重要でした。
ーブランドリニューアルにあたって、企業理念の再策定も行ったと伺っています。新しい企業理念の中でも、特に印象的だったのが「ユーザーサプライズファースト」という言葉です。これにはどのような意味が込められているのでしょうか。
「ユーザーサプライズファースト」は、元々はモンストなどエンタメ事業に関わる組織の中での行動規範でした。なので、モンストに関わっていた人にとってはなじみのある言葉です。新しい企業理念を作る上で、主力事業となるモンストのキーワードを上手く取り入れることで、多くの社員にとって馴染みやすく、体現しやすい行動規範になると考えたのです。
「ユーザーサプライズファースト」という言葉には、お客さんの期待値を超えたものを提供するという意味が込められています。そうすることで、ユーザー同士のコミュニケーションのネタになり、日常にちょっとした彩りを添えられると思っています。
ーブランドリニューアルをしてから、新しい企業理念をすぐに社内に浸透させていくというのは難しいと思うのですが、どのようにして社内認知を進めているのでしょうか。
社員全体にすぐに浸透させるというよりは、まず上層部の意識付けから始めています。例えば、意志決定の際に企業理念に基づいているかどうかで判断をしたり、人事評価や表彰制度の際に企業理念に基づいた行動をしているかという基準を設けたりと、要所要所で企業理念を意識出来るようにしています。
まだ完全に浸透させるには少し時間がかかりそうですが、少しずつ行動変容をしている最中です。
ーそんな2つのプロジェクトを無事終えられて、CFOに就任されましたが、それらのプロジェクトがCFOとして仕事をする上で、活きたことはありますか?
個人的にはコーポレートブランドリニューアルのプロジェクトがとても良かったと思っています。
ブランドリニューアルは「会社の存在意義とは何か」ということを考え直すプロジェクトですので、そんなプロジェクトを、投資家と向き合う立場である私が担当できたことは非常に意味があることだったと思います。
本来CFOは、有価証券報告書の責任者として、投資家と話をする役割を持っています。ですが、昨今ESGやSDGsの観点で投資家は企業の社会的意義を問うようになってきました。金庫番として数字を語れれば良かったCFOの役割とはうって変わって、今では会社の社会的価値と経済的価値を語れるプレゼンターになることが求められています。
そういった意味で、CFO業務とは程遠いブランドリニューアルのプロジェクトに携われたことは、今のCFOとしての役割を全うするうえで非常に活きていると思います。
ーCFOになる前に関わられていたプロジェクトが、今の島村様にも大きな影響を与えているのですね。そして今年の4月、MIXIのCFOになられた訳ですが、新卒の時に抱いていたCFOのイメージとのギャップはありますか?
当時僕が想像していたよりも、圧倒的に守備範囲が広いということですね。責任感をすごく感じますし、毎日考えることが多く、本当に脳が休む暇もないです…(笑)
そこで、実際にCFOになってみて思うのは、ここからもっと勉強しなければいけないなということですね。
投資家に対して、当社が投資した内容がどうやって株価にはねてくるのかというのをわかりやすく説明できるように、自分の中であらゆるメカニズムを色んなパターンに沿って想定しておかなくてはいけないのです。CFOという役職を頂戴しましたが、ものにしていくのにはかなり自己研鑽が必要です。スタート地点に立っただけで、勉強会に参加したり、もっと多くの人と接していく中で、学んでいきたいと感じています。
ーこれらのプロジェクトを経て、今後MIXIが目指す方向性を教えていただけますでしょうか。
長きにわたり、ユーザーの豊かなコミュニケーションを提供できる会社になりたいと思っています。先ほど企業理念のお話の中でも申し上げましたが、多くのユーザーに使われるようなサービスを生み出して、ユーザーの皆さまの日常に彩りを与えられるような事業をやっていきたいです。
よくVUCAの時代と言われますが、そのような時代で戦いつづけることを前提にすれば、経営管理部門としては、失敗することを前提にしたマネジメントをしていく必要があると思います。失敗をアセットにできる経営をすることで、社として挑戦する幅を広げていけると思うのです。複雑化・スピード化される世の中に対応できる経営管理を意識していきたいですね。
ー「失敗をアセットにできる経営」、素晴らしいですね。そんな経営を実現するために島村様がCFOとして担う役割とはどんなものなのでしょうか。
私がやらなくてはならない事はたくさんありますが、その中でも目下力を入れて取り組むことは、
・事業のトライアンドエラーを繰り返すことができる社内の仕組みづくり
・精緻な事業モニタリングに基づく柔軟な予算のアロケーション
の2つです。
中でも特に、「事業のトライアンドエラーを繰り返すことができる社内の仕組みづくり」は非常に大切だと思っています。芽のある事業に投資をし、芽のない事業に区切りをつける。そんなモニタリングサイクルの精緻化をしっかりとしていくのが私の役割です。
ーモニタリングの精緻化と言っても、「この事業が伸びそう」や「この事業はもう伸びないな」というのを、現場と離れた位置にいながら判断するのは中々難しい気がします。CFOとしてどのようにその判断を行っているのですか?
もちろん、多角的な判断が必要ですが、各部署から提出されるレポートを通して調べていきますね。市場が伸びているのにその事業が伸びていない、また立てた予算に対して未達が続くのであれば撤退も検討しなければならない。
ですが、現場からのレポートをただチェックするだけではなく、こちらから定期的にKPIをチェックしていき、現場と議論する機会を作ることが重要です。きちんと信頼関係を構築し、事業が伸び悩んでいるときは、ここからどうしたら再生できるのかを一緒に話し合い、方針を立てるのです。そうすることで、万が一、上手くいかず事業を終わらせることがあっても、納得感を持って事業をクローズすることができると思います。
CFOとして、トップダウンで事業存続の判断をするのではなく、現場とのコミュニケーションを大事にしていきたいと思います。
ー最後に島村様個人としてのこれからのキャリアの展望について、お聞かせください。
まずは、CFOとして大きなミッションを成し遂げ、会社の成長に貢献したいと思っています。
そして、将来的な話にはなりますが、個人としては新卒から経営管理に関わり、培ってきた経験を生かして、ベンチャー企業のサポートをしたいと思っています。今も私の周りにはベンチャー企業を経営している方がたくさんいるのですが、そういう方ってなかなかプロのコンサルタントを雇うのが大変なのではないかと感じています。費用もそれなりにかかりますし、その企業にフルコミットでサポートしてくれるコンサルタントっていないと思うので。
なので将来、お金のことは気にせず、ベンチャー企業をサポートして、見守っていけるようになりたいです。
そういう意味で、CFOは私にとってライフワークになる職業だと思っています。
ー素晴らしい展望ですね。本日は、お話をお聞かせいただきありがとうございました。