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監査法人で培った経験で“恩返し”。スローガン株式会社 CFO 北川裕憲氏が上場の先に描くビジョンとは

HUPRO 編集部
監査法人で培った経験で“恩返し”。スローガン株式会社 CFO 北川裕憲氏が上場の先に描くビジョンとは

スタートアップ・ベンチャー企業をはじめとした新産業領域における人材の最適配置を中心として、人の持つ可能性に着目した「新産業領域における才能の最適配置を目指すプラットフォーム」を展開する、スローガン株式会社(以下、スローガン)取締役 執行役員CFOの北川 裕憲(きたがわ ひろのり)氏。

学生時代の同社インターンを経て監査法人に就職した後、再びスローガンでのキャリアを歩むことを選択しました。会計士を目指した経緯や監査法人での経験が生きていること、今後のビジョンなどについてHUPRO編集部がお話を伺いました。

【経歴】

2009年3月 明治大学経営学部経営学科卒業
2011年3月 早稲田大学大学院会計研究科会計専攻修了(MBA)
2008年7月~2011年12月 スローガン株式会社 インターン
2011年12月 新創監査法人入所
2015年7月 スローガン株式会社 入社
2016年 同社 執行役員CFO就任
2017年 同社 取締役執行役員CFO就任

【キャリアグラフ】

会計士試験に何度も失敗。「どん底」での出合い

–まず、公認会計士を目指したきっかけを教えてください。

意識し始めたのは、だいたい高校2年生の頃です。父が会計や税務を扱う会社を営んでいて、そんな父の背中を幼少期から見ていました。そのうち、自然と会計士という仕事に興味を持つようになりましたね。大学に進学してから、すぐに専門学校に通い始めました。サークルでは高校時代から続けていたバスケに没頭し、夜は会計士の勉強。忙しい学生生活を送っていました。

–公認会計士試験へ向けての勉強は大変でしたか?

勉強時間は週20時間くらいは確保していたのですが、少し試験を甘く見ていたのかもしれません。大学3年、4年と試験に落ちてしまいました。早く受かりたいと思っていたのに、不合格が続いたショックでどん底の中、出合ったのが今の会社(スローガン)でした。たまたま大学の友人(スローガンの新卒1期生)がインターンで働いていて、「経理が会社にいないんだけど、やってみない?」と誘われました。

–当時から事業会社で働くというビジョンはあったのでしょうか?

いえ、全くなかったです。「面白そうだしやってみよう」という軽い気持ちで面接に行ったら、採用してもらいました。当時のスローガンは創業3年目で、社内はまさにスタートアップといった雰囲気。まずは会社の経理体制を作るところから始めました。当時は会計ソフトもなかったので、エクセルシートを使って、過去の資料を見よう見まねでやっていました。そもそも管理部門自体が社内にまだ存在せず、経理や財務、労務、法務まで、会社に必要な管理体制全体の構築を私一人に任せてくれました。まだ資金繰りが安定していない時期でもあったので、銀行からの借入交渉もしていました。まだ、会計士試験にも合格していない学生にです。今思えば、すごい会社ですよね(笑)。

インターンでの経験が、会計士としての礎に

 
–その後、大学院を卒業するまで約3年半、スローガンで働き続けたのですね。

学びばかりの毎日でしたし、純粋に楽しかったから続けられたのだと思います。日中は大学院や資格の勉強をしつつ、夜はインターンとして働く生活をしていました。終電を逃したら、朝方まで仕事をすることもありましたね。これは時効だと思って話しているのですが(笑)。今では考えられない働き方をしていましたね。
仕事について手取り足取り教えてくれる人はいませんから、ネットや書籍など調べられる限りを尽くしました。その上で自分なりの仮説を立て、答えを導き出す。仕事に向かうための基本的な姿勢はこの時に身についたもので、私のキャリアにおいても大きな礎になりました。

一方で、苦労もあったのではないでしょうか。

実際、失敗だらけでした。当時作った資料を今見てみると、なんでこんな仕組みでやっていたんだろうとか、効率の悪い仕組みを作ってしまったとか、反省するところばかり。請求書の作成でも、ちょっとした数字のミスでお客さまに迷惑をかけ、営業の方にも頭を下げて頂くことがありました。

当時のエピソードを一つご紹介します。ある有料セミナーのお手伝いに参加した時のことで、参加者の方に出す領収書を準備しました。私は市販のものを購入したのですが、そうしたら社長にこっぴどく怒られてしまって。「自分たちで印刷すれば、お金はかからないだろう」と。数百円の話ですが、経営に必要なシビアなコスト感覚はこういうものなのかと。1円の重みとそれを生み出す苦労を知りましたね。

小さい組織なので営業の方々や経営陣との距離も近く、“生きた”お金の動きを感じられたのは貴重な経験でした。取引実績の少ないベンチャー企業では、営業が契約一つ取ってくるのも難しい。会社の机で、会計資料の数字だけを見ていたら、会社の売り上げは当たり前のように生まれると勘違いしてしまいそうなものです。資金も潤沢ではありませんから、売掛金の回収が遅れるだけで危ういという状況もありました。ギリギリのやりくりの中、銀行の担当者と融資交渉もしていましたね。

監査法人時代 憧れの先輩にプロの仕事を教わる

–充実感を得られていながら、監査法人への就職を決めたのはなぜだったのでしょう?

当時はまだ、管理部門に正社員が必要なフェーズではないと考えていました。私個人としても、もっと広い世界を見て、ファイナンスの知識も、実務経験もつけてレベルアップする必要があると感じていました。

スローガンでは規模の小さい組織だからこそ任せられる裁量も大きく、成長速度が速いことを実感しました。だから監査法人選びでも、できる限り自分の成長スピードを速められるような、比較的規模の小さな組織に絞りました。

–その上で、新創監査法人を選んだ理由は?

専門学校時代のとても優秀だった先輩が在籍していて、その人の下で働きたいという思いがあったためです。それが叶い、実際に一緒に働くこともできました。とても厳しかったのですが、会計士の基本となる価値観や仕事との向き合い方をたたき込んでくださいました。

その方は事業会社での組織マネジメントのキャリアがあり、お客様の視点に立った会計業務を大切にされていました。対話を通じ、会社の仕組みや背景を理解した上で監査に臨むこと。表面をなぞるのではなく、理解と解釈を深めた上でアウトプットすることなど、学ばせていただいたことは数え切れません。中途半端な仕事をしていると、すぐに見抜かれました。「お客様は“会計士”に仕事を頼んでいるんだ」と。

仕事内容に関しては、上場会社の子会社の監査計画作りなど、通常であれば責任者クラスが担う仕事をやらせてもらっていました。もちろん、新米なので分からないことも多かったのですが、積極的にアピールすれば仕事をどんどん任せてもらえる環境でした。インターン時代に磨いた仕組みづくりの経験を活かし、監査業務の仕組みを効率化することにもトライしました。

社長のビジョンに共感 取締役CFOに「挑戦」

–3年半を経て、再びスローガンに戻られていますね。

インターン卒業時に業務を引き継いでいただいた方が産休に入り、「また手伝ってほしい」とオファーをいただきました。ただ新創監査法人では副業は認められておらず、会社としてスローガンとの間でコンサルティング契約を結んでもらうことで、仕事を引き受けることになりました。

しばらくして、代表の伊藤とスローガンの今後のビジョンや上場への展望について話す機会がありました。その時、彼の上場に関する考えを初めて聞くことができました。「新産業の創出」をミッションとする上では、パブリックな会社になることでより広く社会に貢献していきたい、と。この話を聞いた時に、山の登り方はよく分からなくとも、そのビジョンに自分が心の底からワクワクするのを感じましたし、この会社でこの社長と一緒に歩みたいと思いました。転職は周りから理解されませんでしたし、反対する人もいましたが、決意が揺らぐことはなかったです。それくらいの覚悟を持てたのは、スローガンのミッションの素晴らしさと私自身の強い共感があったからだと思います。

–その際、「将来的にはCFOに」と?

いえ、まずは経営管理の仕組みをしっかり作ることが私のミッションでした。また、監査法人でいろんな会社の財務データを見て、ベースの財務・会計の知識も大きく成長していたので、仕組みづくりに生かすことがまず自分の役割でした。そもそも、私自身の中に「CFOになりたい」というキャリアビジョンがあったわけでもなく、2017年に代表から取締役への就任打診を受けた際には正直この役職に自信が持てなかったこともあり、一度お断りしました。ですが、それが取締役という役職と向き合うきっかけになりました。

別のある会社のCFOの方からは、「取締役になるということは、社長と同じ目線でミッションの実現に向かう姿勢を持つことだ」と助言をいただきました。その言葉を聞いたとき、今までの自分は「代表の言うことを叶えたい」という、ある種従属的な思考をしていたことに気が付きました。監査法人からスローガンに転職したのは、当事者として事業成長を担っていくことの面白さやワクワク感を感じたからだったはずなのに、その意識が欠落していたんです。

私は自分なりの意見を主張することが苦手で、正直会議でも全く発言しないようなタイプ。そんな自分に務まるのか?という不安はありましたが、挑戦という意味も込めて取締役を引き受けました。

–仕事の上で心がけていることは?

「数字だけ、表面だけで判断しない」ということでしょうか。財務の仕事は、教科書通りの知識では通用しない。もちろんベースとなる知識は必要ですが、それを解釈し、目の前の問題に対して適切な判断をしなければなりません。資料を読むと一見同じような会計処理であっても、取引の実態が全く違うということもあります。何より、会社は日々どんどん成長・変化していくものですから、それに対して都度最適なファイナンスを提示することが重要であると心がけています。

キャリアを重ねるほど面白くなるファイナンスの世界

–やりがいはどんなところでしょうか。

会社はいくらミッションやビジョンが優れていても、健康状態(財務状況)が悪ければ前に進むことができません。そこをしっかり支えるのも財務担当の重要な仕事です。会社としては、昨年11月に東証マザーズへ上場しました。一番大変だったのは上場準備そのものよりも、上場後を見据えたチームビルディングでした。上場はゴールではなく過程ですし、その後の成長ストーリーを実現に結び付けられる組織を作るのも、私の仕事です。

会計士を目指す上で「上場準備を経験したい」という目標を掲げられる方も多いですが、それだけではもったいないと感じます。私自身、キャリアを積むほど、ファイナンスが途方もなく広い世界なのだということを実感します。会計士は管理会計さえできればいい、資金調達さえできればいいのかと言えばそんなことはありません。ここの業務を点として捉えるのではなく、トータルで会社の成長に貢献できることが一番会計士として働く上で面白いと考えています。

–今後のキャリア観についても教えてください。

仕事は数字とのにらめっこも多いですが、その先にある会社の成長、ひいては世の中をより良くしたいという思いが私のモチベーションです。社長をはじめとした仲間と共に歩み、会社を包み込めるような器の大きいCFOになりたいですね。

管理体制の構築に関しては、今までは守りに徹し、性能の良い「ブレーキ」と「ボディ」を作ってきました。3〜5年程度の中期的な目線では成長へのアクセルを踏み込み、会社の経営戦略の策定から実行までを担う、取締役としての役割を全うしていきたいと考えています。

–読者にメッセージをお願いします。

今、日本のスタートアップやベンチャー企業では、事業成長を担うCFOの数は圧倒的に不足しています。会計士が成長領域へと一歩を踏み出してコミットし、活躍することは今後の日本社会にとっても必ずプラスになると信じています。10年後の日本の未来を創っていくためにも、一人でも多くの会計士が成長領域に飛び込み、経営人材として日本の経済成長に貢献していくことを願っています。私もまだまだ走り出したばかりですので、その一人として、これからも頑張っていきます。

ー本日はお話を聞かせていただきありがとうございました。

今回お話を伺った北川 裕憲氏が取締役 執行役員CFOを務めるスローガン株式会社のホームページはこちら

この記事を書いたライター

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