新卒時は公認会計士として監査法人に入社。その後、高い向上心と一貫した軸を持って三度の転職を経て、現在は株式会社ネットプロテクションズホールディングス取締役 CFOとして活躍される渡邊一治氏。監査法人・コンサル・事業会社、と豊富な経験を持つ渡邊氏のキャリア遍歴についてHUPRO編集部がお話を伺いました。
【略歴】
1984年 | 朝日監査法人(現有限責任あずさ監査法人)入社 |
1994年 | 朝日アーサーアンダーセン㈱入社 |
2003年 | ㈱ディスコ入社 |
2009年 | ㈱スクウェア・エニックス入社 |
2013年 | ㈱スクウェア・エニックス・ホールディンス入社 CFO |
2020年 | ㈱ネットプロテクションズ 入社 執行役員CFO |
2021年 | ㈱ネットプロテクションズ取締役 CFO (現任) |
2021年 | ㈱ネットプロテクションズホールディングス取締役 CFO (現任) |
【キャリアグラフ】
―まず、公認会計士を目指されたきっかけを教えてください。
きっかけは、周りに負けたくないという気持ちです。高校時代はサッカーで全国大会を目指し、365日のうち340日くらいはサッカーに注いでいました。高校3年の11月に部活の引退後に、受験勉強を開始して、明治大学へ進学しました。本当はもう一段上の大学に行きたかった気持ちがありましたが、家庭が裕福ではなく、浪人ができる環境ではありませんでした。「上位校の人たちには負けたくない。学歴以外の部分で戦う必要がある。」そう考えて資格の取得を考え始めました。私は商学部に所属していて、数字を扱うのも得意であったので、「公認会計士」の資格取得を目指すことになりました。
―周りに負けたくない気持ちで公認会計士の資格取得を目指されたのですね。そして見事、大学4年生で公認会計士試験に合格されて、新卒で朝日監査法人(現有限責任あずさ監査法人)へ入社されたのですね。ここで朝日監査法人を選ばれた理由はありますか。
日本の一流企業を相手に仕事をしたいと考えていたからです。朝日監査法人は日本の4大事務所で、監査対象の企業も一流企業が多くあります。会計士として監査業務に携わるなら日本のトップを見てみたいと考え就職を決めました。
―監査法人に入社されてからはどのような業務をされていましたか。
主に会計監査業務に従事しました。商社や小売り、メーカーなど様々なお客様の会計監査を行いましたが、一番勉強になったのは某電気メーカーの監査でした。当時、日本の電機メーカーは世界の中でも先進的な位置にあり、担当した会社もその一つでした。
会計の制度も事業部経営を忠実に行っており、製造部門と販売部門の業績を図るため精緻な管理会計を行っており非常に勉強になりましたし、自分の中でベンチマークとして仕事を他社で行う時の指標にもなりました。
―仕事をする上で意識していることはありますか?
新しいことを積極的に取り入れることを意識しました。例えば、世界中に子会社がある会社で連結決算をする際に、資料が英語で書かれているのですが、国内の事務所に勤める会計士で英語を身に付けている人は多くありませんでした。
私は日本にいてもこれから英語の需要が必要になると感じ、すぐに英語の勉強を始めました。常にアンテナを張って、時代のニーズをキャッチして自分に取り入れていく。この意識は非常に大事だと考えています。
―キャリアグラフを見ると「変化を嫌う風土に失望」とあり、モチベーションが低下していますが、これは具体的にどのようなことに失望したのでしょうか。
先ほど話したように私は新しいことをどんどん取り入れようと動いていたのですが、当時は周囲の理解があまり得られませんでした。このままでは変わりゆく、時代の流れについていけない。日本の経済が進んでいく中で、会計業界の在り方も改めて考え直していく必要があると強く感じました。
―そこから「コンサルに異動・NY出向」によってモチベーションが上昇していますが、この異動・出向にはどのようなきっかけがありましたか。
当時、朝日監査法人はアーサーアンダーセンと提携していて、アーサーアンダーセンが世界的なプログラムとしてコンサルティング部門を作ろうとしていました。そのために朝日監査法人からアメリカに何人か出向する必要があって、その時私に「ニューヨークに行かないか」と話が来ました。
これは後から聞いた話なのですが、私が会社に対して問題提起をして行動を起こしていたことと英語を習得していたことが評価されて、海外に送る一期生として選んでいただけたとのことでした。常にアンテナを張って能動的に行動していたことが結果として良い機会を運んできてくれたので、自分のしてきたことは間違っていなかったと実感しました。
もちろん海外出向はリスクもあるし、コンサルティングも初めての経験でしたが、貴重な機会を頂けたので絶対に経験しておきたいと思い、内心ワクワクしていました。
―実際働いてみていかがでしたか?
アーサーアンダーセンはビジョンが明確にあって、それが世界中の事務所に浸透していることが印象に残っています。世界で5万人程の組織ではありますが、組織全体が共通してビジョンを理解し、行動指針を理解し実践している姿には衝撃を受けました。
―具体的にはどんな価値観を大事にしている組織だったんですか?
全員が口をそろえてクライアントファーストの話をしていました。私もその環境で学んだことで、仕事をするうえでいかにお客様に付加価値をつけられるかが大事であることを学びました。
―そして、東京に戻られてから1994年に朝日アーサーアンダーセン株式会社を立ち上げ、入社されたのですね。モチベーションも高まっていたところで、アメリカのアーサーアンダーセンが破綻したことで急降下していますね。
エンロン事件という不正会計問題にアーサーアンダーセンは巻き込まれて破綻してしまいました。(実際には20年後にアーサーアンダーセンに無罪判決が出ましたが、、)
もう一度監査業界に戻るという選択肢もあったのですが、監査やコンサルティングという外部からの関わりではなく、次は自分が組織の中から事業を作ってみたいと思い、一般事業会社に転職することを決めました。
―事業を作り上げていく経験をしたいという思いから、2003年に株式会社ディスコに入社されていますが、転職先として選ばれた理由はありますか。
主な理由は二つあります。まず一つが、「事業が強い」ことです。ディスコは半導体装置メーカーで業界シェアの8割ほどを占めていて、事業が強いところに惹かれました。もう一つは、「組織が強いこと」です。ディスコは明確なミッションとビジョンを持っていて、アーサーアンダーセンと同じように外から見ても全体に浸透していることが実感でき、とても強くて良い組織だと思いました。
具体的な仕事としては、会計ではなく、経営戦略グループリーダーとして、予算を立てて実績との乖離を分析し、それを経営者に報告するといった仕事をしていました。6年間程勤めて、組織としてタイミング的に一つの区切りを迎えたので、再度別のチャレンジをしたいと考えて転職を考え始めました。
―そして2009年に株式会社スクウェア・エニックスに入社されていますが、どのような理由で転職先を選ばれましたか。
この時も、やはり「事業が強いこと」と「組織が強いこと」が転職の軸でした。スクウェア・エニックスは「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」などのIPを所有していて、無形のIPを活かしていく「事業上の強み」があると考えました。また、組織全体にミッションが共有されていて「組織が強い」と感じたため、スクウェア・エニックスに入社を決めました。
―2013年には株式会社スクウェア・エニックスのCFOに就任されていますが、どういった経緯がありましたか。
これは自ら希望したというよりは、スクウェア・エニックスが赤字になったことが理由になります。入社して4年後くらいにスマホゲームが普及し始めたのですが、スクウェア・エニックスはニンテンドーファミコンの時代からRPGを中心に事業を展開していたので、新たにスマホゲームには手を出しませんでした。
初めは参入を見送っていたスマホゲームがどんどんと勢い付いて、その波にスクウェア・エニックスは乗り遅れてしまい赤字となりました。急ピッチでスマホゲームを出したものの、売り上げが伸びなかったため社長交代があり、当時のCFOが社長となったため繰り上げで私がCFOに就任しました。
この時に、本質は変えてはいけないけれども新たな変化も必要であること、「不易流行」の必要性を感じました。以前より作り上げてきたテレビゲームには引き続き力を入れ、そこから派生してブラウザゲーム・スマホゲームも作ることで、今までよりも強い事業を形成できると学びました。
―変えてはいけない軸と常に変化していく軸が、事業を進めるにあたって必要なのですね。CFOとしては、具体的にどのような業務に注力されたのですか。
売り上げに対する責任の主体を営業部門だけでなく開発部門にも担ってもらうように、組織内の意識醸成と制度の変更を行いました。当初は開発部門の力が強く、開発の作りたいものを作り、その後の販売に関する責任は営業のみが持つ文化が組織に残っていました。
私はその組織構造を課題として、開発部門も商品を作り上げるところから売り上げるまで全部見届け、損益を確かめて評価すべきだと、社長と協働して管理会計の制度を変えました。そうしたことにより赤字からのV字回復をして、翌年度には黒字を出すことができました。そこから7年後には、会社の時価総額は7倍までに成長させることができました。
―スクウェア・エニックスで7年ほど勤められ、その後三度目の転職をされていますが、これにはどのようなきっかけがありましたか。
スクウェア・エニックスが属するゲーム業界は動きが速く新しいコンテンツがどんどん生まれるのですが、私自身の仕事はだいぶ定型化されだいぶ楽をしてしまっているなと感じ、このままだと自分の成長が止まってしまうと考えていました。年齢的にビジネスマンの終盤に入りましたが、アーサーアンダーセンに勤めていた頃から付加価値を生み出すことを重視していたので、今後は自分の経験を若い人たちへ繋ぐという局面で付加価値を創出したいと転職を決意しました。
―2020年に株式会社ネットプロテクションズへ入社されたのですね。転職先としてネットプロテクションズを選ばれた理由はありますか。
やはりこの時も事業の強さと組織の強さが軸になっていましたね。ネットプロテクションズとの出会いは偶然で、エグゼクティブサーチに紹介してもらったことがきっかけでした。実際に見てみたら面白そうで、これからどんどん伸びていく「事業の強さ」を感じました。また「組織の強さ」の軸としても、ミッション・ビジョン・バリューを大事にしていて、若手にもどんどん経験させる組織体系が自分のキャリア軸にマッチしていると感じました。
―ネットプロテクションズに入社されて実際どうでしたか?
入ってみたら想像通りの面白さでした。入社して初めに社長の柴田から「最初は仕事をしなくていいので、旅をしてください」と言われ、まず驚きましたね。ただそれは「色々な部署を旅して、うちの会社を理解してください」という意味でした。ネットプロテクションズは入社時に配属部署を決めずに、5か月間は色々な部署で研修を行います。多種多様な経験を積み、研修後には自分で部署を選ぶことができるので、非常にユニークな組織だなという印象がありましたね。
―取締役CFOとして、現在は具体的にどのような業務に携われていますか。
大きく分けて二つあります。まず一つが、予算実績調整と分析結果の社内外への報告です。まずは予算を立てて、実績との乖離の原因を分析し、取締役会などで報告します。ネットプロテクションズには社外取締役もいるので、ガバナンスの一環として意見をいただいています。また、投資家や株主に向けたIRにも携わっています。
もう一つは、資金調達です。入社してから一番大きかった仕事が、昨年の2月にJCB様との事業・資本提携により約60億円の増資を受けたことです。これはネットプロテクションズの事業戦略を大きく変えました。背景として、プライベートエクイティファンドに買収された時にファンドが借りたお金(LBOローン)に関して、被買収者であるネットプロテクションズが返済義務を負っていたことが関係しています。
一般的なことですがLBOローンには厳しい財務制限条項がつき、返済者であるネットプロテクションズは成長投資にお金をまわすことができませんでした。JCB様に出資いただいたことにより財務制限条項が緩和され、それまでの事業成長の足かせをはずすことができ、それと同時に事業上の有力なパートナーとしてJCB様を迎えることができました。資金調達により成長のための事業環境を提供できたので、達成感は非常に高かったです。
―2015年12月15日に株史会社ネットプロテクションズホールディングスは上場達成をされて、グラフも上昇していますね。上場時はどのような心境でしたか。
達成感が非常に大きかったですね。戦略的にファイナンスを実践し資金調達などを行うことができたので、達成感を得ることができました。
―現在ネットプロテクションズに勤められている中で、今後はどのような業務に力を入れていきたいと考えていますか。
資金調達は一段落着いたので、今後は上場企業としてIRやSRなどの外部の投資家や株主とのお付き合いに注力したいと考えています。様々な投資家・株主にネットプロテクションズを理解していただくため、いかに良好なコミュニケーションを取ることができるかが今後の課題であり、同時に楽しみでもあります。今までネットプロテクションズが経験してなかった、上場企業としての外部とのやり取りに力を入れていきたいです。
―今後、渡邊さんご自身がどうありたいか、思い描くビジョンはありますか。
仕事面で、周りを後押しできる役割として活躍していきたいです。先陣を切って走っていく若手が安心して進めるよう、自分の知見を活かして手助けしたいと考えています。
―最後に、ヒュープロマガジン読者に向けたキャリア形成のアドバイスをお願いします。
とにかく目の前のことに一生懸命取り組むことが一番大切だと思います。未来や過去ではなく、今に集中していただければ良いのかなと思います。不確定な未来を考えすぎることは、進んでいく中で足枷になります。そうするとせっかくのチャンスも逃してしまいます。
実際に私もNYへの出向や事業会社への転職チャレンジも、一生懸命に目の前のことに挑戦した結果として、チャンスが転がり込んできました。もちろん良い機会だけではありませんが、失敗があってもそれを糧に、新しいことを始めるきっかけにもなりますので、未来を恐れすぎずに目の前のことに集中して欲しいと思います。
社会人生活およそ40年の経験を持って言えることです。みなさんもこれからのキャリア形成を是非とも目の前のことを大切に頑張ってください!
―本日はお時間いただき誠にありがとうございました!
今回お話を伺った、渡邉様が取締役 CFO を務めるネットプロテクションズホールディングスのHPはこちら