税理士試験に合格後に、大手航空会社へ入社。その中で経理の仕事をしていた橘さん。その後チャレンジとして北京への留学、外資系製薬会社への転職など、約15年間の様々な経験をされ、独立しました。いつもその軸には「仕事は楽しく」があるそうです。
事業会社だから得られた経験・スキルや、独立から今後のビジョンまでをHUPRO編集部がお話を伺いました。
【ご経歴】
2000年3月 | 大学卒業 |
2000年9月 | 税理士事務所へ就職 |
2003年8月 | 大手航空会社(JAL)の経理部門 |
2003年12月 | 税理士試験合格 |
2010年8月 | 北京へ留学 |
2011年4月 | 外資系製薬会社(Roche)の財務経理部門、経営企画部門 |
2019年10月 | 都内で税理士事務所開業 |
ー橘さんが税理士を目指したきっかけを教えてください
最初は税理士という職業にはあまり興味がありませんでした。学生時代には悪い人を捕まえて、かっこいいなという単純な印象から警察官になりたいと思っていました。
それで大学4年生の時に警視庁の採用試験に合格したのですが、就職活動が終わってみると、大学の講義もほとんどなく時間が余ってしまい、ちょうどそんな時に財務捜査という言葉を目にして「警察官でもそういう知識が必要なのか」と思ったので簿記の勉強を始めてみることにしました。最初はそんな感じで始めた簿記の勉強でしたが、勉強するうちにどんどん楽しくなっていきました。そして勉強開始から3カ月後には簿記検定1級を受験しました。
そのときは工業簿記で難問が出題されて残念ながら2点足りずに不合格だったのですが、もっと専門的な勉強をしたいと思うようになりました。警察と税理士って全く違う仕事ですけど、「もっと勉強したい、楽しい」と単純に思えたので、税理士を目指す選択をしました。
ー税理士の試験勉強はどのように進めていきましたか?
税理士試験は4年間で簿記論、財務諸表論、法人税法、所得税法、消費税法の5科目に合格しました。大学4年生の冬から本格的に税理士試験の勉強を始めて1回目の受験までは勉強に専念しましたが、その後は税理士事務所で働きながらの勉強になりました。とは言っても事務所の方針で残業はなかったですし、当時は実家暮らしで家族の協力もあったので非常に恵まれた環境で勉強できたと思います。
受験生として頑張っていた期間、早く受験生活を終わらせたいと思っていたので、お昼休みや電車での移動時間などの隙間時間を見つけては税法理論の暗記をしていました。最後の1科目が法人税法だったのですが先生がちょっと変わった指導をする方で、授業で総合計算問題を解く時には本来の制限時間の7割しかくれませんでした。最初は全然時間が足りずに悪い点数しか取れなかったのでクラスを変更したいと思ったのですが、慣れてくると問題の見極めができるようになってきて、7割の時間で合格点を取るために「解くべき問題」と「捨てるべき問題」を瞬時に区別できるようになりました。これによって計算問題は時間が足りなくても合格点が取れるという自信がついたので、本試験は焦ることなく気持ちに余裕をもって望むことができました。
ー受験科目はどのように決められましたか
私が受験生だった頃は所得税法の合格率が法人税法よりも1-2%程度高い年が続いていたと記憶しています。そこで合格のしやすさから法人税法ではなく所得税法を選択し、その他はボリュームが少ないものの実務での重要度が高いと考えた消費税法、固定資産税を選択することにしました。
ところが固定資産税は答練の点数が良かったにもかかわらず1年目は1か所の計算ミスで不合格、2年目は本試験で通っていた専門学校の理論集に入っていない理論が出題されて不合格になってしまいました。それでもうこれ以上固定資産税を勉強しても意味がないと思ったので、固定資産税から法人税法に受験科目を変更しました。結果として法人税法と所得税法というボリュームのある2科目を両方選択したのですが、いずれも実務では非常に重要な税目なので今となってはこれで良かったと思っています。
今は自分が事務所を経営する側になりましたが、受験生を採用する場合には税理士試験に合格できるようにできる限り協力したいと思っています。
ー航空会社に転職されようと思ったきっかけはなんですか?
税理士試験に合格したらBig4に行こうと思っていたのですが5科目目の受験が終わった直後の就職説明会でBig4の採用担当者から「法人税法の結果待ちだとうちは厳しいです」と言われてしまいました。
そんな時に大手航空会社の経理シェアードサービスセンターの採用情報が目に留まり「大手企業を経験するのも良い勉強になりそうだ。面白そうだ。」と思いました。面白そうというのは、業界業種というよりは、会計や税務の専門性の高さだったり、その会社に税理士や公認会計士の方が多くいたからで、こういう環境で働くのは楽しそうだと思い入社を決めました。
ー具体的にどんな業務をされていたのですか?
入社後、最初はグループ会社の会計業務をサポートする部門への配属になって比較的小規模のグループ会社を担当しました。ただし比較的小規模といっても売上高10億円~100億円規模の会社でしたし、上場企業のグループ会社ということで退職給付会計や税効果会計といった当時導入されたばかりの会計基準に接することもできて勉強になりました。
そして、そのような仕事を3年ほど続けた時に航空会社本体の税務部門への異動の話があり「これはチャンスだ」と思ってすぐに応じました。異動後は法人税・消費税担当として主に航空会社本体の税務業務や連結納税の取りまとめのほか、グループ再編などのプロジェクトにも数多く参加させてもらいました。
当時は高度な税務を経験できたことはもちろん、幅広く裁量を頂けたことなどもあり、本当に楽しかったです。また、携わったいくつかのプロジェクトがメディアで報道されたりして充実していました。
ー航空会社では多くの充実した経験をされたんですね!この経験から得られたものは何ですか?
大手企業の税務申告や連結納税、組織再編税制などの高度な税務を経験することができて税の専門家として成長する機会に恵まれたと思います。また会計が苦手という税理士もいると思いますが会計基準の解釈をめぐって監査法人と議論する機会も多かったので会計の実力もついたと思います。でも何よりも大きな組織で働くことを経験できたことが収穫でした。組織とはどういうもので組織で動くことの強さと弱さを身をもって経験することができました。
ーその後は中国への留学をされたのですね。きっかけはなんですか?
税務担当者として充実していた航空会社勤務時代だったのですが、同時にもっと色々な経験をして視野を広げたいという思いがありました。また会社が経営破綻したこともきっかけの一つだったと思います。当時は会社の再生プランも見えてきた時期で、何か新しいことをはじめるには良いタイミングだと思いました。そして中国語を勉強していたこともあり、急速に経済発展していた中国に非常に興味があったので、会社を辞め、北京に語学留学をすることにしました。
留学中は時間もあったので、様々な場所に赴き、北京の至る所で新しいビルや鉄道が建設されて活気にみなぎる様子を見ては強い刺激を受けました。ただ北京の中国語は実は訛りが強いので、中国人と中国語で会話をすると今でも「北京の訛りが強いですね」と笑われます。(笑)
ー退職してからの留学ということはなかなか勇気がいることだと思うのですが
そうですよね。普通だと考えられないと思います。(笑)帰国した後に仕事がある保証もありませんしね。でもなんとかなるだろうと思って飛び込みました。(笑)帰国したら中国に関わるビジネスをできるかもしれないという期待が不安を勝りました。そしてその後中国から帰国することになって、さてこれからどうしようかと考えていた時にスイスに本社がある製薬会社で働いている先輩から「帰国すると聞いたけどうちに来ない?」と連絡がありました。
その話を聞いたときは英語が苦手でしたし、中国関連のビジネスでもなかったので少し躊躇ったのですが「新しいチャレンジで楽しそうだ」という方が強かったため飛び込むことにしました。
ー製薬会社ではどのような経験をされたんですか?
入社後は財務経理部門でIFRSと会社法の二種類の決算書を作成したり、内部統制をマネジメントしたりとこれまでとは違った経験ができました。でも実は大変だったのが英語です。海外から送られて来る文書は全て英語で、日常的に英語での電話会議があって、年に1~2回程度は一人で海外出張に行かされました。それこそ最初の海外出張では英語が全く聞き取れず休憩中隣の人に「議論のポイントだけ教えて」とお願いしたりして情けない限りだったのですが、そんな経験もあって入社前600点くらいだったTOEICのスコアが入社1年後には840点になりました。
その後、外国人のCFOから「将来幹部になりたいならコントローリングをやらないといけない」と言われて経営企画部門に異動することになったのですが、経営企画を経験できたことはとても良かったと思います。正直なところ経営企画部門に異動すると会計や税法から遠ざかることになるので少し不安だったのですが、実際に経営企画業務に携わってみると巨大企業がこれほど緻密に経営計画を立てて実行しているのかと驚かされました。逆の言い方をするとここまで緻密な計画を立て、責任を明確にして実行しているからこそ巨大企業に成長できたのだと勉強になりました。
また、最先端の管理会計や経営計画の立案に携わることができたため業務の幅が広がったとも思います。これらの経験は今の仕事ですぐ活かせるものばかりではありませんが、将来的には必ず役に立つものだと思っています。
ー航空会社・製薬会社といった事業会社で業務をした中で得られたこと何ですか?
事業会社と会計事務所とでは業務の関わり方の「深さ」が違うと思いました。内部と外部に分けて考えるとわかりやすいかもしれません。事業会社はいわば、内部での関わり方なので、外部の関わりである会計事務所に比べて、会社の事業や働く人に深く入り込んで意見ができます。世の中には会計や税法の専門家はたくさんいるのでので、事業会社からすると純粋に専門的な知識や経験が必要な場合には「外部の専門家の意見を聞けばいい」と考えるかもしれません。
それに対して経営に近いところで実務に携わった経験があってビジネスやその業界に精通し、数字にも強いというCFO的な視点を持っている人を事業会社は非常に希少価値が高い人材と考えます。そして、それこそが事業会社が内部の税理士に求めていることの一つだと思います。そう言った意味では、事業会社で働くメリットはあったかなと思います。
ーその後の独立をしようと思った理由はなんでしょうか?
製薬会社で働いていたときに40歳を迎え、年齢的に新しいことに挑戦するなら最後のチャンスだと思うようになりました。それで面白半分でいろいろなビジネスアイデアを考えては、後輩に話していたのですが、どれもこれもいま一つで「やっぱりこれまでの経験を活かしたい」と思うようになりました。そこで税理士事務所の開業を決意しました。
しかし会計や税法の知識はあっても、税理士業界では浦島太郎のような状態で、税理士事務所経営のノウハウが無くて苦労しました。例えば事業会社では基幹ソフトとしてSAPを使っていましたが中小の税理士事務所でよく使われている会計ソフトの特徴も知りませんでしたし、税理士報酬の相場も分かりませんでした。そのため既に独立している先輩税理士の事務所を見学させてもらったりして試行錯誤しながら半年くらいかけて徐々に現在の事務所のスタイルを作り上げていきました。
また、独立からほどなくして新型コロナウイルスが流行り始めたため不安もありましたが、複数の知り合いから「起業するから顧問税理士になって欲しい」という連絡をもらったり、以前の上司がCFOをしている外資系企業から「独立したのであれば見て欲しい」と言われたりして今に至っています。
ー独立後の印象的なことは何かありますか
独立後初めての法人税の確定申告書を電子申告した時のことが印象に残っています。事業会社ではそれこそ売上高1兆円以上の法人の申告書を当然のように作成していました。しかし自分の名前を署名して申告するとなると会社の規模に関わらず緊張しました。申告書や決算書、帳簿を何度も見直して間違いがないことを確認しましたが、最後に申告書の送信ボタンをクリックする時に責任の重さを感じました。
ー今後のビジョンは何ですか?
今後税理士にはITツールでは対応できない専門家としての知識や経験に基づくサービスがこれまで以上に要求されると思っています。例えば改善提案や将来予測されるリスクについての情報提供は税理士がお客様のビジネスを詳しく知っているからできるのであってITツールでは難しいです。当事務所ではITツールを積極的に活用しつつも税理士としてお客様の満足度を高めるきめ細やかなサービスの提供をしたいと思っています。また一人でできることには限りがありますので、近い将来には同じような価値観を持った税理士と協力して法人化したいとも思っています。良いパートナーと共に法人化できればそれぞれの強みを活かしてより良いサービスを提供できると期待しています。
ーどんな事務所を作っていきたいですか
通勤時間も含めると多くの人はかなりの時間を仕事に費やしているので仕事は楽しくなければならないと思っています。そこで5年後は今よりも楽しく、10年後はさらに楽しい事務所にしていたいです。今は一人の事務所ですが、将来のスタッフには「事務所が楽しい」と思ってもらいたいですし、そうなれば生産性が上がり、給料も上がってもっと楽しくなるはずです。また、代表がワンマンの事務所ではなくスタッフひとりひとりが自分で考えて自由に意見を出し合える自立した事務所にしたいです。もちろん決められたルールにしたがって仕事をすることが得意な人もいるのでそれは尊重しないといけないのですが、「こうすればもっと良くなるはずだ」というアイデアを出すことが得意な人には年齢や経験に関係なく思ったことを自由に提案してもらえる事務所にしたいです。
ーこれから税理士を目指す方へ一言お願い致します!
税理士試験はとても大変な試験で長期間にわたって努力し続けないといけませんが、合格後には様々な可能性が広がっています。私も税理士資格があったからこそ税理士事務所、航空会社、海外留学、外資系企業、独立と様々な経験をすることができました。最近では税理士の業務がAIに代替されるという予測もありますが、実際に現場で働いている者としては比較的単純な業務が代替されるだけで税の専門家としての役割は簡単に代替されるものではないと考えています。近い将来皆様と一緒に働くことができることを楽しみにしています。
-本日はお時間いただきありがとうございました。
今回お話を伺った橘 隆行さんの所属する、
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