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知っておいて損はない労務トラブル 懲戒処分とコンプライアンス違反について解説します!

社会保険労務士 小西千里
 知っておいて損はない労務トラブル 懲戒処分とコンプライアンス違反について解説します!

社員が原因のトラブルには、会社として毅然とした姿勢を示さないといけません。姿勢を示すためには会社のルールに則った処分が求められます。また、会社のコンプライアンス違反が原因で起こるトラブルもあります。今回は、社員が原因の労務トラブルと会社が原因の労務トラブルの両方について事例を挙げて解説していきます。

労務トラブルその1 採用時の経歴詐称が発覚 懲戒解雇はできるのか?

学歴や職歴、資格などは社員を採用するときの重要な判断のポイントです。採用時の履歴書に虚偽の経歴を記載していたことを理由として懲戒解雇することはできるのでしょうか。

就業規則に懲戒解雇の記載がない、又は、懲戒解雇の理由に経歴詐称が該当する項目がない、という場合には、経歴詐称の内容が悪質なものであっても懲戒解雇をすることができません。

まずは、会社の就業規則を確認しましょう。就業規則の懲戒規定に不足があったなら早急に変更を検討します。

多くの会社の就業規則には「重要な経歴を偽って雇用されたとき」というような規定を置いているようです。経歴詐称の度合いが重要かどうかの判断が必要です。裁判例などでは、その経歴を詐称することによって現状の条件で採用したかどうか、という客観的な視点で判断されています。経歴詐称は全て懲戒解雇に値するのではなく、重要な経歴詐称が懲戒解雇に値するのです。

また、処分を決める際は、どのような判断基準で重要な詐称だと判断したのかを残しておきましょう

懲戒処分とは

労働基準法では、懲戒解雇などの懲戒処分を行う場合には必ず就業規則に記載しなければならないと決めています。懲戒処分とは、企業秩序に違反した社員に対する制裁罰として労働関係上の不利益な措置をすることを言います。

懲戒処分の種類には、戒告、減給、降格、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇などがあります。このうち懲戒解雇は一番重い処分であり会社側ら一方的に労働契約を解消する処分です。

懲戒解雇は非常に重い処分であるため、処分を受けた側が懲戒解雇は無効であると訴えることも多いのです。

就業規則とは

労働基準法では、従業員10人以上の事業場には就業規則を作成し届け出る義務があるとしています。また、始業と終業の時刻、休憩時間、休日・休暇、賃金の計算方法や支払い方法、解雇や退職の手続きなど、就業規則に書かなければならないことも労働基準法で決まっています。また、退職金や臨時の手当て、制裁についても決まりがあるなら就業規則則に書いておかなければなりません。

就業規則を作成したときは、労働組合か労働者の過半数を代表する者の意見を記した書類を添付して労働基準監督に届け出ます。

作成と届け出の義務があるのは、従業員10人以上の「事業場」とは、本社ではなく支社や支店、出張所など労働者が仕事をしている「場所」単位であることにも注意が必要です。

また、10人以下の事業場でも会社のルールは必要です。作成義務はないのですが就業規則は作成しておく方がよいでしょう。

労務トラブルその2 部下に対する悪質なセクハラ行為が発覚 適当な処分は?

職場において労働者の意に反する性的な言動に対する対応により労働者が不利益を受けたり(対価型セクハラ)、性的な言動によって労働者の就業環境が害されたり(環境型セクハラ)することをセクシャルハラスメント、略してセクハラと言います。

この事例では複数の部下がこの管理職によるセクハラ被害を受けていたのですが、これまでは誰も相談しておらず会社は把握していませんでした。

発覚した時点で、被害者は複数に渡っていたため会社は厳しく対応しようとしましたが、過去に一度も注意や指導をしていなかったため懲戒解雇という処分ができませんでした

就業規則の懲戒解雇の理由には、「過去に同様の事由で懲戒を受けたにもかかわらず改善の見込みがないとき」などの表現が使われていることもあります。
懲戒解雇の処分を受けたセクハラ行為者が解雇無効を訴えた裁判で、過去に懲戒処分を受けていたか、セクハラ行為に関して注意や指導を受けていたかなどが考慮された事例があります。

なお、同じセクハラという表現でも暴力や脅迫行為が伴うものであれば、懲戒解雇は妥当だと判断される場合があることを付け加えておきます。

労務トラブルその3 社外持ち出し厳禁の情報を無断で持ち出した社員を処分できるか?

このトラブルがあった部署では、機密情報を社外に持ち出すときは上司の許可を得るように決めていました。ところが会社のルールである就業規則には機密情報についての定めや社外持ち出しのルールは記載されていませんでした

当然、懲戒処分の事由にも該当しません。就業規則に定められていない事由で懲戒処分を行うことはできないのです。
トラブルが起こった後で就業規則を変更して従業員に制裁を与えることはできません。起こりうるトラブルを予測し、事前に就業規則を変更することが必要なのです。

また、就業規則を変更した場合は必ず社内に周知しておきましょう。労働トラブルとなって就業規則の有効性が争われた場合、社内に周知されていないことが明らかであれば無効と判断されてしまいます。

在宅勤務を採用する会社が増え、機密情報漏えいのリスクは高まっています。セキュリティを強化し機密情報を簡単にコピーできないシステムを導入するという技術的な対応のほか、万一、漏えいをしたときの処分を示しておくことが抑止力になります。

リスクが変化するとルールも変更しなければねりません。現状起こりうるトラブルに対応可能かどうか、という視点で就業規則を見直してみましょう

労務トラブルその4 社外持ち出し厳禁の情報を無断で持ち出した社員を処分できるか?

コンプライアンス違反による労務トラブル 未払い残業代

社員が残業をした場合、会社は残業代を支払わないといけません。ところが、残業代が支払われない、残業代の計算方法が間違っているという相談が労働基準監督署などに寄せられることがあります。

未払い残業代の相談やランダムな抽出により労働基準監督署が会社に立ち入り、残業代の支払い状況や労働時間の調査することがあります。2019年度に労働基準監督署が行った「賃金不払残業監督指導」の是正結果を見ると、100万円以上の未払い残業代を支払った会社は1,611社もありました。

また、未払い残業代請求の訴訟を起こされることもあります。残業代は正しく計算し支払っておくことが将来のトラブル回避につながります

未払い残業代の事例 名ばかり管理職・名ばかり店長

管理監督者といって会社と一体となって人を雇う側の立場の人には残業代は支払われません。会社の管理職や采配を任された店長などがこの管理監督者に該当します。

管理監督者であるかどうかは「課長」や「店長」といった役職名で判断されるのではなく、使用者(会社や経営と一体となった立場であるかどうかで判断されます。

実態は上位の役職の人の指示があった時間に指示があった業務を行っているのみで、経営にも全く関与していないという立場の人は、管理監督者であるとは言えなので残業代を支払わなければなりません。
「名ばかり管理職」「名ばかり店長」への残業代未払い訴訟の例は多くあります。

未払い残業代の事例 サービス残業の状態化

タイムカードを打刻してから残業を始める。毎日遅くまで残業をしているのに1日に2時間しか承認されない。そもそもタイムカードもなく出勤簿に毎日ハンコを押すだけ、上司が退勤時間を管理しているわけでもない。サービス残業と呼ばれる残業の形態はさまざまです。

記録されていない残業代が支払われないというトラブルに加えて、長時間労働を把握できず社員の心身への影響を見逃してしまい新たなトラブルを生む可能性もあります。

まずは労働時間をきっちりと把握し、長時間労働が状態となっている職場があれば業務改善に取り組むことも求められます

コンプライアンス違反による労務トラブル 同一労働同一賃金

働き方改革の一環で、大企業は2020年4月、中小企業は2021年4月に施行されるのが「同一労働同一賃金」です

正社員や契約社員、パート・アルバイトといった雇用形態の違いではなく、職務の内容が同じであれば待遇も同じでなければならない、としたものです。

正社員や契約社員、パート・アルバイトなどの雇用形態別に職務と待遇を整理してみましょう。まずは、実態を整理し待遇の違いが合理的かどうかの確認が必要です。合理的でない待遇差があれば改善策を立てます。改善できないと労務トラブルの原因となってしまいます。

なお、パートだから、アルバイトだから賞与がない、というのは合理的な説明ではありません。パートやアルバイトと正社員の差とその差によって待遇が違うことを合理的に説明できないといけないのです。
出典:厚生労働省 同一労働同一賃金ガイドライン

まとめ 労務トラブルの事例

労働契約は雇う側と雇われる側が対等な立場で結ぶものです。双方の契約で成立した雇用関係なのですから、そこで起こるトラブルは労働者が原因でも会社が原因でも起こりえます。会社はその両方を予測してルールや環境を整えなければなりません。

最近は働き方改革により法改正が相次いでいます。また、労働力人口の減少と生活環境の多様化により労働者の背景は一人ひとり異なってきています。トラブルに対応するためには、画一的な対応ではなく、個々の労働者に個別の事情に配慮する場面も増えていくでしょう

トラブルが起こる前に会社ができることは、法令を遵守したルールを作っておくこととトラブルが起こったときの運用を想定しておくことです。想定しないトラブルに対面したときは対応に無理が起こりがちになります。

事前にルールを整理した上で、それでもトラブルの火種が見つかったときには、労働問題の見識が深い弁護士や身近な労務の専門家である社会保険労務士などの専門家の意見も聞いてみましょう。
トラブルによるマイナスの影響を最小限に抑えるためには事前の対策と早め早めの措置が求められるのです

この記事を書いたライター

自治体職員として25年間勤務後、京都にて社会保険労務士事務所を開業。就業規則などのルール作りと併せて社員研修の実施を提案している。特にハラスメント対策や働き方改革では、会社の現状により異なる「課題感に寄り添った提案」が好評である。
カテゴリ:コラム・学び

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