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労務コンプライアンスを甘く見ることのリスクとよくある法令違反

社会保険労務士 田中かな
労務コンプライアンスを甘く見ることのリスクとよくある法令違反

これまで後回しにされがちだった労務コンプライアンスですが、近年では極めて重要なものとして、各企業で労務コンプライアンス体制の整備に取り組むケースが増えています。今回は、労務コンプライアンスを甘く見ることのリスクやよくある違反、重要な法改正のポイントなどについて解説していきます。

労務コンプライアンスとは

コンプライアンスとはご存じのとおり法令遵守という意味であり、企業は経営にあたり各法令にそった運用を求められています。労務コンプライアンスは労務管理におけるコンプライアンスを指します。近年は未払い残業代や長時間労働による過労死、パワハラ・セクハラ等のハラスメントなど、労務分野における重大な問題が報道等で明らかにされるケースが増えています。

「コンプライアンスを気にしていたら利益にならない」「大企業じゃないから関係ない」などと主張する経営者は少なくありません。しかしコンプライアンスは利益云々、企業規模云々の前に存在するものであり、このような言い訳はすでに通らない社会にもなっています。

労務コンプライアンスを甘く見ることのリスク

労務コンプライアンスを重視しない企業には次のようなリスクが生じています。

債務が経営を圧迫するリスク

たとえば従業員の一人から未払い賃金を指摘・請求された場合、一人分を支払えば済むと思うかもしれません。しかし賃金の未払いが常態化している企業では、追随するようにほかの従業員からも未払い賃金請求を受ける可能性が高いといえます。仮に一人当たりの未払い賃金が100万円でも、10名なら1000万円、100名なら1億円です。そのような債務を抱えれば経営を圧迫し、事業継続が難しくなります

優秀な従業員が退職するリスク

今はインターネットを通じて法令の知識を簡単に手に入れられる時代です。企業側が思っているほど従業員は無知ではありませんし、従業員はワークライフバランスを保てる、いわゆるホワイト企業で働きたいと感じています。

そのため労務コンプライアンスを軽視する企業では退職者が続出します。優秀で常識的、法令についてもよく知っている従業員ほど、企業から離れていくでしょう。優秀な人材が退職すれば業績や労働環境が悪化し、さらなる従業員の退職につながります

SNSなどの口コミが営業や採用活動に影響を与えるリスク

従業員や退職した元従業員がSNSやネット掲示板に法令違反の状況を書き込めば、社会的信用が下がることで営業停止に追い込まれる、新たな人材の確保が難しくなるといった影響が考えられます。とりわけ近年は店舗の利用や求職活動に際してSNSやネット掲示板の口コミを確認する人が少なくありません。そこに悪い評判が書いてあれば利用や応募を躊躇するのが人の心理というものでしょう。

行政処分や刑事罰を科せられるリスク

労働基準法違反を理由に従業員が労働基準法へ通報した場合、内容によっては労働基準監督署からの是正勧告・指導が入ります。従わない場合は営業停止などの行政処分を受ける可能性や、労働基準監督官の逮捕権限にもとづき経営者や上層部が逮捕され、刑事罰を科される可能性があります。そうなれば報道も必至ですので対外的な信用低下も免れないでしょう。

行政処分や刑事罰を科せられるリスク

よくある労務コンプライアンス違反

以下は、法解釈の誤りや恣意的な扱いにより労務コンプライアンス違反に陥っているケースの一例です。企業規模を問わずよくある違反なのでチェックしてみましょう。

・役職者は一律に残業代の支給対象外にしている
・固定残業制やみなし労働時間制を採用しているので「残業させ放題」だと思っている
・「気に入らない」など正当な理由もなく従業員を解雇している
・社会保険の対象となるパート従業員を未加入のまま放置している
・特別条項付き36協定を結ぶことなく法律の上限を超えた残業をさせている
・休まれると損する気がするので従業員からの有休申請を拒否している
・定期健康診断を受診しない従業員を放置している など

典型的なのは、経営者の自分勝手な解釈により残業代を適切に支払わないというものです。上記の例でいうと役職者に対して一律に残業代を支給しない問題や、固定残業制の正しい運用方法については、いまだに理解していない企業が後を絶ちません。役職がついても労働基準法上の管理監督者にあたらなければ残業代の支給対象ですし、あらかじめ定めた残業時間を超えていれば固定残業代とは別に残業代を支払う必要があります。

労務コンプライアンス上重要な近年の法改正

近年は労働関連法令の重要な法改正が多数おこなわれています。ここではとくに重要な法改正をピックアップして解説します。

残業時間の上限規制

時間外労働(残業)の上限は以前、厚生労働大臣告知による限度基準が設けられているに過ぎず、特別条項付き36協定を締結すれば青天井で残業をさせることが可能となっていました。しかし法改正により時間外労働の上限は原則月45時間・年360時間と法律で定められ、特別条項付き36協定にも時間外・休日労働の合計100時間などの上限ができました
大企業は2019年4月から、中小企業も2020年4月から施行されています。

出典:時間外労働の上限規制|厚生労働省

年次有給休暇の取得義務

日本では気兼ねなく有給休暇を取得しやすい環境が整っておらず、また時季変更権とは関係のないところで有給休暇の取得を拒む経営者・上司がいるなどの理由もあり、ほかの先進諸国と比べて有給休暇の取得率が低いのが問題視されてきました。

しかし法改正により、10日以上の有給休暇が付与される従業員に対して、年5日以上の有給休暇を取得させることが法律で義務づけられました。2019年4月から、すべての企業が対象です。

出典:時間外労働の上限規制|厚生労働省

まとめ

労務コンプライアンスを軽視することの影響は、債務による経営圧迫や従業員の退職、対外的な信用の失墜など多数におよびます。とくに近年は労働基準法をはじめとする労働関連法令の改正が多数おこなわれており、就業規則等の見直しも必要になっています。専門家のサポートを受けるなどして適切に労務コンプライアンス体制を整えましょう。

この記事を書いたライター

求人関連企業の経理部門に在籍中、社会保険労務士資格を取得。その後、会計事務所や総合病院での労務担当を経験し、現在はフリーランスのライター・校正者として活動中。ジャンルは労働問題を得意とする。
カテゴリ:コラム・学び

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