働き方改革の影響で働き方への関心が高まる中、長時間労働や未払い残業代等の問題を抱える企業へ注がれる社会の視線は厳しさを増しています。そこで求められているのが労務デューデリジェンスの実施です。今回は、労務デューデリジェンスの概要や目的、実施場面などについて解説していきます。
デューデリジェンスとは、対象企業の価値やリスクを把握するための調査のことです。財務状況を正確に把握するための会計デューデリジェンス、人員の配置など人材活用の方法を検討するための人事デューデリジェンスなどがあります。労務管理や安全衛生管理など労務領域におけるデューデリジェンスが労務デューデリジェンスです。
労務デューデリジェンスの目的は労務領域におけるコンプライアンス上の問題点や潜在的なリスク、隠れ債務を洗い出し、企業価値を適切に把握することです。
たとえば過去に不当な理由で解雇した従業員がいる場合、その元従業員からの損害賠償請求されるリスク、SNSなどへの書き込みにより企業イメージが下がるリスクがあります。セクハラやパワハラが常態化していた場合、過去のハラスメントに対する損害賠償請求や書き込みのリスクだけでなく、行為者となった従業員が処分を受けていない場合はトラブル再発のリスクもあるでしょう。
こうした債務やリスクを見逃せば経営の圧迫や企業価値の低下に直結します。これを防ぐため労務デューデリジェンスによってあらかじめ把握・分析する必要があるのです。
労務デューデリジェンスは以下のような場面で実施します。
M&A(企業・事業の合併や買収)にあたっては、対象企業に内在するリスクを調査します。以前は財務状況や経営実態を把握するためにおこなわれるケースが多かったのですが、昨今では労務管理が不適切な企業を合併、買収するリスクが高まっていることから、労務領域のデューデリジェンスが重視されています。未払い残業代が多い、労務トラブルが頻繁に発生しているなどの企業を合併、買収する影響は計り知れませんので、対象企業の潜在リスクを適切に把握・分析する必要があります。
株式上場の申請に際しては従来、財務状況や業績等が重視されていました。しかし昨今はサービス残業や未払い賃金など労務管理に関する審査も厳しくなっています。労働関連法を適切に解釈し、法令遵守しているか、賃金の支払い額に誤りはないのかなどがチェックされ、法令上の問題があれば審査に通りません。
働き方改革の影響により労働基準法をはじめとする労働関連法が大幅に改正されています。上場を目指す企業として「知らなかった」では済まされませんので、審査を受ける前に専門家などのサポートを得ながらチェックしておくのが賢明です。
企業価値を高めることで優秀な人材の確保や社会的信用の獲得につながります。その価値は従来、業績や財務状況ばかりが注目されがちでしたが、近年は働き方に関する従業員の満足度が高い企業であるかどうかの点にシフトしています。つまり企業価値は労務管理によって左右されるといっても過言ではありません。そこで日常的な労務コンプライアンスの観点から自社で労務デューデリジェンスをおこなうことが望ましくあります。
実際に労務デューデリジェンスをおこなう際は、以下のような項目をチェックします。
・就業規則や労使協定などの整備・運用状況
・未払い賃金や未払い退職金の有無
・年次有給休暇の取得状況
・社会保険の加入状況
・労使間でトラブルの有無
・労働災害の有無
・労働安全衛生管理体制
・労働基準監督署からの是正勧告および指導の有無、対応状況 など
労働関連法令は多数あり、チェック項目も多岐にわたります。上記はあくまでも一例であり、すべてを網羅しているわけではありません。厳格に実施するには高度な専門的知識を要する点は知っておくべきでしょう。
労務デューデリジェンスを誰が進めるのかについて、選択肢は主に自社で進めるか、外部の専門家に委託するのかの2つです。自社で進める場合は費用がかかりませんが、専門的知識を要するため、該当する人材がいなければ難しいでしょう。
外部の専門家に委託する場合は客観的な視点で調査が進められますし、専門的な知識を要する社会保険労務士や弁護士等に依頼できますが、費用がかかります。しかしM&Aや上場前の準備としておこなう労務デューデリジェンスは失敗が許されないため外部の専門家へ委託するのが一般的です。
まずは調査項目やスケジュールについて調査計画を策定します。外部の専門家に介入してもらう場合はこの時点で参加してもらい、相談しながら計画を立てます。
次に調査計画に従い、労務デューデリジェンスを実施します。対象企業の担当者の協力を得て就業規則や労使協定、賃金台帳などの労務関連資料を提出してもらい、精査していくのが基本です。
必要に応じて従業員へのヒアリング調査も実施します。とくにハラスメントなど資料から把握するのが難しいトラブルの調査には個別の従業員に対するヒアリングが欠かせません。間違った法解釈により適切な労務管理がなされていない場合や帳簿の記載誤りがある場合など、問題が発覚した場合も同様です。
調査が終了したら報告書にまとめます。報告書をもとにM&Aや上場申請の可否、改善点などについて検討します。
M&Aや上場前の準備、自主点検の観点からなど、労務デューデリジェンスの重要度が高まっています。手間や費用はかかりますが今後のリスクを回避すると考えれば必要なことです。外部の専門家のサポートを受けつつ、適切に実施するようにしましょう。