経理や会計に携わる方であれば、一度は「タックスヘイブン」という言葉に出くわしたことがあるでしょう。詳細はわからないけども、ニュースで見てなんとなくよくないイメージを持っている方が多いかもしれませんね。
タックスヘイブンとは「租税回避地」と訳されます。日本やその他主要国に比べて税率の低い国・地域のことを指します。
今回は、このようなタックスヘイブンとは何なのか、その特殊性に応じた対策税制にはどのようなものがあるかなど、現役公認会計士が「タックスヘイブン」のポイントを解説していきます。
ざっくりいえば、タックスヘイブンとは前述の通り税率の低い地域の総称です。具体的には、次の四つの特徴を有するとされています。
当然ですね。タックスヘイブンたるゆえんです。
法人税率や所得税率が主要国と比べて低い地域で、日本では特に「日本と比べて」という意味で使われることが多いです。
普段生活している分にはピンとこないかもしれませんが、日本は世界で見ればトップクラスに規制が多いです。経済成長の阻害要因とさえ評されることもあるようです。そんな我が国とは正反対に、タックスヘイブンの国々は一般に規制が少ないです。簡単に法人設立ができ、ペーパーカンパニーのような経済的実態がない企業であっても等しく企業として扱われます。
数年前にパナマ文書が流出した際は世界中で問題となりましたが、裏を返せばタックスヘイブンに所在する企業の情報(代表者や利益額等)は基本的には外部には公開されないということです。富裕層がこぞって利用するわけですね。
日本でいえば自動車など、根幹となるような産業をタックスヘイブンは持っていません。持っていないからこそ、低い税率で企業や富裕層を誘致しようとするのです。
このようなタックスヘイブンの例としては、中南米のケイマン諸島やパナマ、アジアのシンガポールや香港、欧州のスイスやルクセンブルグが有名です。
大前提として、タックスヘイブンやそれを利用すること自体が違法になるわけではありません。ではこのようなタックスヘイブンにはなぜ悪いイメージがつきまとっているのでしょうか。2つの要因が背景にあります。
たとえば日本のとある会社がタックスヘイブンにペーパーカンパニーの子会社を設立して、そこに日本の親会社の利益をプールしたとします。そうすると(何も規制がなければ)親会社の日本への納税額を大幅に減らすことができると共に、子会社の納税額もゼロまたは極めて少額で済みます。
ただし実態を考えると、日本で経済活動をしているのであれば日本にその分納税すべきであり、日本が徴収すべき資金が流出していると考えられます。
前述のパナマ文書によれば、タックスヘイブンを利用した租税回避の結果、日本が収受すべき約60兆円もの資金がケイマン諸島に流出していると報道されました。米国に次いで2番目の水準だそうです。
マネーロンダリング(資金洗浄)という言葉は聞いたことがあると思います。麻薬取引など違法行為によって得られたお金を、送金を繰り返すなどして出所がわからないようにすることです。残念ながら、タックスヘイブンとマネーロンダリングは親和性が高いです。
タックスヘイブンは秘匿性が確保されているため、企業の情報が開示されることは通常ありません。このため、たとえば各国の警察が麻薬捜査を行った結果、麻薬売買によって得た資金がタックスヘイブン所在の金融機関にあると判断されたとしても、その裏付けを行うことが非常に困難です。タックスヘイブンの守秘義務が捜査の防波堤となってしまうのです。
タックスヘイブンが一般にネガティブなイメージを持たれているのは、このような犯罪の温床という側面が存在するからといえます。
このような問題点を解消すべく国は税務上の特別の取り扱い、つまりタックスヘイブン対策税制を整備しています。主なものをご紹介しましょう。
タックスヘイブンを利用した租税回避行為が広がることを受け、日本は1978年に「外国子会社合算税制」として初めて対策税制を制定しました。その後、企業活動の複雑化や国際化等を踏まえつつ見直しを続けています。
日本のタックスヘイブン対策税制の基本的な考え方は、「一定の条件を満たす海外のグループ会社の利益は、日本にある親会社の利益に合算する」というものです。
直近ではBEPS(税源浸食と利益移転)への対策を踏まえ、2017年度税制改正の中で大幅に見直されています。
現行制度を大まかに申し上げると、①外国関係会社に該当するか、②経済活動基準を満たさないか、で判定されます。
①は海外グループ会社の資本関係に関する適用要件、②はこの外国関係会社の経済的実態を判断するための適用「除外」条件です。②をもう少し説明すると、これは「事業基準」「実体基準」「管理支配基準」「所在地国基準又は非関連者基準」からなり、いずれも満たす場合はタックスヘイブン対策税制における合算課税が行われない、というものです。
このように、日本のタックスヘイブン対策税制は、租税回避行為の拡大を受け制度の拡充を続けており、実態に応じた課税を実現できるよう、継続的に改正されています。
日本国外では、OECDやEUなど国を超えた枠組みで、タックスヘイブンに関する文字通りの「ブラックリスト」策定に向け取り組んでいる状況です。このブラックリストに対して取引監視の強化や透明・公平な課税制度構築を国際社会として求めていくわけです。実際にEUでは、2017年10月にパナマなど17の国・地域についてブラックリストとして公表しつつ、47の地域(こちらは非公表)についていわばグレーリストとして言及しました。
なお、別の観点からのトピックとして、アメリカの政策が日本のタックスヘイブン対策税制に影響を及ぼしています。元々アメリカにおいても、デラウェア州などタックスヘイブンに該当する地域はありました。しかしご存知のようにトランプ政権が大幅な法人税減税を行ったことで、日本企業にとってアメリカが全面的にタックスヘイブン対策税制の適用対象になる可能性が生じている状況です。今後の税制改正において何らかの調整が行われるものと推測されますが、注視が必要な状況です。
繰り返しになりますが、タックスヘイブン自体は違法ではありませんし、尊重すべき一定のニーズは今後も残ると考えられます。また、対象となる経済活動や税制そのものも流動的で過渡期にあるといえます。
経理や会計に携わる私たちとしては、「想定外の」タックスヘイブン対策税制の適用を受けることがないように、この過渡期にある税制の趣旨や今後の方向性を理解しておくことが求められるでしょう。